「っていうか、って不思議なのよねえ」
うーん、とリシェルはテーブルに肘をつき、目の前の少女を見つめた。「はい?」 きょとりと首を傾げる彼女の膝の上には、桃色の髪の少女がごろごろと喉を鳴らして座り込んでいる。「ミルリーフさん、お昼寝するんでしたら、ベッドの上でないと風邪をひいてしまいますよ」「んんー」
猫のようににくっつき、彼女の胸の中にぺとりとミルリーフは頬をあてた。よしよし、と慣れた様子では彼女の頭を撫でて、仕方がないですねえ、なんて言って笑っている。変な光景だ。「なんだかすっごくミルリーフが懐いちゃってるし」 なんだか猫みたい、なんて言葉は、リビエルやアロエリ達がいれば、眉をつりあげたかもしれないが、彼女らはそろって宿屋の手伝い、ついでに食料の買い出しだ。
もうひとりの御使いであるセイロンは、一人部屋の端のテーブルで、ほかほかとひなたぼっこのうたた寝を繰り返しているが、彼はいちいち目くじらを立てる男ではない。
「私は、少し魔力が変わっているそうです」
こりこりとはミルリーフの首元をかきながら、ゆるく瞳を細めた。
「メイトルパの人たちにとったら、お酒みたいなものらしくて。個人差はあるんですが、ミルリーフさんはまだ生まれて間もないそうですから、特に影響を受けやすいのかもしれませんね」
「ミルリーフ、子どもじゃないもん……」
「そうですね、ごめんなさい」
ころころと楽しげには笑うが、確かに、今のミルリーフを猫とするのならば、またたびを与えてとろけたような顔をしている。時折ミルリーフがくんくんと鼻を鳴らして、の周りをくるくると回っている理由に見当がついた。「だーから、アロエリもの近くにいたら、ぽわんとした顔してるのかあ」 本人を前にして言えば、何を言うか、と顔を真っ赤にして怒るかもしれない。
(……それにしても)
いくつか、疑問がある。品がいい顔立ちをしている、というところはまあいい。どこかで似たような顔を見たことがあるような気がするのだけれど、それがどこだかは思い出せない。何やら思い出すイメージと、彼女が食い違いすぎて、喉の奥に小骨がひっかかっているような気がするのだ。
(召喚師)
その言葉に嘘はないだろう。帝国では、他の国とは違い、召喚術のスキルをある程度外へ解放している。けれども、暴走は命の危険性と関わる技術をただで明け渡す訳がない。それ相応の許可証が必要だ。もちろんもそれを所持している。一度その紋を確認させてもらったのだが、間違いなく、自身と同じく国の許可印が押されていた。けれども、(なーにかひっかかるのよねぇ……)
この国の生まれで、派閥に属しているわけではないと言う。グレンのような外道召喚師という訳でもない。だったら、(あ) わかったかもしれない。ぱちん、とリシェルは瞳を瞬かせた。そうだそれだ。
「って、貴族なんでしょ?」
「へ?」
可愛らしい顔から、なんともマヌケな声が出た。あんまりにも射抜いた言葉だったから、驚いてしまったのだろうか。「そうよ、それよ。そもそも、召喚術を学ぶにはお金がいるでしょ? あたしみたいにパパが教えてくれるならいいけど、そうじゃないなら学校に行かなきゃだし。パパだって、お金があるから召喚術を教えていいって許可を国からもらってるんだもん。なんだかんだ言って、貴族か、そうじゃなきゃ軍人とかじゃないと、召喚術なんて使えないわよ」
びく、とは震えた。やっぱりか、とリシェルは頷く。
「それに、どーにもってお上品だと思ってたのよね。あたしなんかよりもよっぽど行儀作法もバッチリだしさ。納得納得。あー、すっきりした」
「あの、いえ」
「隠さなくたっていいわよ。お忍びで旅って、もしかして家出? やるわねえ」
そうだったなら、中々おもしろそうな話題だ。リシェルはずい、とテーブルに身を乗り出して、こそこそと彼女の耳に声をささやく。「誰にも言わないからさ、こっそり教えてよ」「あ、あはは……」 から笑いする彼女の腕の中では、くうくうと満足気に寝息をたてる竜の子どもが丸まっている。
「その、申し訳ないのですが、リシェル、私は貴族じゃありません」
「えー、またまた」
嘘でしょ? なんてにまついて、彼女を見てみた。相変わらず、は困ったふうに笑っている。ため息をついた。「なんだ。正解だと思ったのにな」 つまらない話だ。ぷっ、とリシェルは頬をふくらませた。よしよし、とは身動ぎするミルリーフの髪をすいた。「本当に、私はただの旅の召喚師で、それだけなんです」
つまんないな、拗ねたような声を出すリシェルに、はただ微笑んだ。
***
少し驚いた。
どきどきと心臓がなっている。「召喚術を使えるのは、結局貴族か軍人だけ」 リシェルのその言葉は、正しすぎるほどに正しい。はただ後者であった。それだけだ。(……旅の召喚師じゃなくて、もっと別の説明をつければよかったな) せめてどこかの派閥の召喚師であると返答することができていたらよかったのだが、下手な嘘は、事実を明るみにしてしまう。事前に軍から身を隠すための身分を得ることもできたのだが、まさかここまで本格的な調査になるとは、思ってもいなかった。
(親衛隊は、神聖皇帝直属の部下だ)
だからこそ、皇室での行儀作法を徹底的に叩き込まれる。リシェルの読みは、そう外れているものではない。とことことなる心臓を押さえて、すっかり寝入ってしまったミルリーフを抱きしめながら、はじっとリシェルを見つめた。むしろ、自身はある程度、“くずす”べきなのかもしれない。
ただの旅人である。そう証言しているくせに、行動仕草はそれを裏切っているとは、なんとも詰めが甘い話だ。ぐぐ、とは眉間に皺を寄せた。そうして、リシェルの行動を真似てみた。まずはテーブルに肘をつく。でもそうすると、ミルリーフを起こしてしまう。「う、う……」「……あんた何やってんの?」 ぷるぷるしていた。
「あ、いえ、その」 リベンジである。もう一回リシェルを見つめた。可愛らしい顔は、弟のルシアンとよく似ているが、きりりとつりあがる眉と、おっとりとしたルシアンの表情のせいで、そのあまりイメージはだぶらない。彼女の頭にちょこんとのる帽子の上には、ちょこちょこちょこ、と憎めない顔をした兎のマスコットがのっていた。(かわいいなあ)
ときおりは、彼女の帽子を見つめてそう思ってしまう。ピンク色の帽子に、肩にかけた長いひもには、可愛らしいお花がくっつく。上着を脱ぐと少々露出が多すぎる、と感じないこともないが、ベルトにくっつくトレードマークの兎の姿を思い出して、ほわりと幸せになった。「……?」「ハッ!」 意識がどんどんずれていた。
「だからあんた、さっきからなんなのよ」
「あの、えっと、ごめんなさい」
リシェルのマネをしようとしていたはずが、一体何を考えているのだろう。何かを食べている夢を見ているのか、むみゅむみゅと口元を動かすミルリーフを抱え直して、はパッと頬を赤らめた。「あの、その、リシェルのうさぎが、かわいいと思って」「ああ、これ?」 ちょん、と自身の頭に指をさす。こくこく、とは頷く。嬉しげに、リシェルはニッと笑った。「あたしも結構これ、気に入ってるのよね」
可愛いでしょ、と自慢げな言葉を言いながらむふりと鼻をふくらませる彼女に、はこくこくと何度も頷いた。「すごく可愛いと思います」「でっしょー!」
ふふん、と帽子をいじりながら、背もたれにもたれて、リシェルは天井を仰いだ。それからまた勢い良くこっちを見た。じろじろ、と視線を向けられると、なんだかちょっと、ドキドキしてしまう。「、買い物に行きましょ!」「え?」 唐突な言葉だ。
「そーよ、買い物よ、買い物! 気分転換も絶対必要、おっかいものー!」
椅子から立ち上がり、仁王立ちで拳を突き出す。「ふぎゃっ!?」 猫のような声を出して、ビクリとミルリーフの尻尾が震えた。「あ、あの、リシェルさん」「リシェル! 呼び捨てって言ってるでしょ! 女の子二人でお買い物、もーこれっきゃないわー!」
いっくわよー! と無理やり腕を引っ張られ、とにかく目を白黒するしかないまま、はリシェルに連れされた。ミルリーフも一緒にいくう、と悲しげに口元に指を置いていた竜については、「御子殿はまたの機会に店主殿と出かける方が、ずっと楽しいのではありませんか?」と言うセイロンの言葉に、ほっぺをぷっくりさせたまま、こくりと頷いた。
「我慢するから、おみやげ、買ってきてね」
と、きゅっと自分の尻尾を握るミルリーフにこくこく頷いたものの、だって、なぜこうなったかなんてことはわからない。できることなら、自分はこの宿屋から離れたくない。彼は今、のポケットの中で、もし何か宿屋の異変があったとしても、知らせてくれるものはいないのだ。困ります、と声を大きくしたかった。けれども、リシェルの顔を見つめて、ほんの少しは眉を落とした。
寂しいんだ
ポムニットがいない。彼女が消えた経緯についてはも聞き及んでいる。人間と、悪魔の半分の血を持つ彼女は、彼女らを傷つけないがため、その姿を消した。くすくす、と楽しげに口元に白い手袋をつけていた手のひらを置いた笑い方が可愛らしくって、綺麗な紫のパンジーみたいな女性だった。(今まで、いつもいる人間が、いなくなってしまったら)
きっと寂しい。
自身とよく似た兄を思い出した。、と彼女を呼ぶ声は、遠すぎてもう何も聞こえない。(でも、その) やっぱり困る。困ってしまう。
「、こんなのいいんじゃない?」
「あの、その」
白い、ワンピースのような洋服をこちらに押し付けて、うふうふと笑う彼女に、相変わらず彼女は口元をもごつかせた。「ってば可愛いくせに絶対もったいないって思ってたのよね。見てなさい、あたしがもっと可愛く変身させたげる!」「リシェル……!」 勘弁して欲しい。
ぶるぶる、と必死で首を振った。「これなんてどお?」 すでに腕の中には洋服がいっぱいだ。ぐい、とつきつけられた新たな服を、はげんなりと顔を上げて見つめた。ふわふわのリボンがくるりと待っていて、ほわほわと暖かなそうなファーがくっついている。「……か」「ん?」 かわいい。(いやいやいやいや)
気づけばいつものくせで、ぽうっとなってしまった。でもかわいい。かわいい。すごくかわいい。さっきからリシェルはずるい。絶対にずるい。(可愛い服ばっかり見せるんだもん……!) ぽふっと腕の中の服に真っ赤な顔を埋めて、それが売り物であることを思い出し、慌てて顔を上げた。「リシェルさん、だめです!」「リシェルだってば。なにが駄目なのよ?」 楽しそうな顔しちゃってるくせにぃ? といたずらっこのような顔をこちらに見せつけられて、またはへたついた。駄目なのだ。
はかわいいものが好きだ。憧れていると言ってもいい。長い軍生活の中で、こんなふうに楽しげに友人と買い物をすることなんて、一度としてなかった。ときおり、任務や訓練で町を通り過ぎるたびに、きらびやかなで可愛げな少女たちが目に入った。ただ、彼女は軍人だ。これは誰に押し付けられたわけでもなく、自身が望んだ道だった。だから、まっすぐに前を向いていた。そのはずだった。それなのに。
「だ、だからリシェル、私」
「んんー、これも可愛いわよねえ」
ほんとうに、お似合いですねえ、とおべっかの言葉を忘れてパチパチと両手を叩く店員とリシェルを相手に、はただ小さくなって、「だ、だめだって言ってるのに……」 なんて潰れそうな小さな言葉をぽそりと一つ、つぶやいていた。
***
「結局ったら、何にも買わないんだもん」
つまんなーい、と唇を尖らせて頭の後ろに腕を組みながら大きな股で歩くリシェルに、くすりとは苦笑した。「何にも買わなかった訳じゃないじゃないですか」 彼女の手の中には、小さな紙袋があった。中にはキラキラと素敵な色で輝く髪留めがひとつ。彼女が好きなエメラルドの色だ。
「だって、服よ服。やっぱり女の子は着飾らなきゃ」
「だって、お金もありませんし」
「そんなの私が出してあげるわよー!」
そういう訳にはいかないです、と苦笑いを繰り返すをじっと見て、ぷんっとリシェルはほっぺをふくらませてそっぽを向いた。
リシェルにも店員にも、あれほど時間をかけてもらったのに、申し訳ないと思う。けれども任務に必要な経費を、まさかこんなところで使うわけにはいかない。そっと紙袋を抱きしめた。
これは自分ではぐれを倒し得た、僅かな金銭で買ったものだ。ほとりと、勝手に笑みが浮かんだ。初めて自分で髪留めを買って、初めて、多分きっと、女の子の友達と一緒にお買い物をした。えへへ、と緩む口元を隠すみたいに、そっと紙袋を持ち上げた。
「……アルバにかわいいって言ってもらえたかもしんないのに」
「へうっ!?」
おもいっきり、紙袋を落としそうになった。「え、あの、リシェルさん、今その、なんて、なんでアルバさんが」「リシェル」「リシェル!」 あーあー、と彼女がついたわざとらしいため息に、ぶるぶるとは首を振った。
「あ、アルバさんが出てくる意味がわかりません」
「だからさあ、嬉しいでしょ? アルバがのことかわいーって言ったらさあ」
「う、嬉しいです、嬉しいですけど!」
「……案外素直なのね」
でもやっぱり意味がわかりません! と顔をふせて、首筋までも赤くした彼女のつむじを、リシェルは口笛を吹くような気持ちで見つめた。もしかすると、駐在所にいるグラッドからのミントへの想いよりもわかりやすいかもしれない。
まだ自分は、そんな気持ちはよくわからない。けれども、これでも恋する乙女の愛読者だ。さてさて、と畳み掛けてやろうと思った。「ってさあ、アルバのこと」「あ、姉さん」 変なタイミングだ。
パタパタ、と弟のルシアンが、こっちに向かって手を振っている。よく似ているといわれるのに、やっぱり似ていないといわれる。自分からすれば、似ていないと思う。「ああ、もいたんだ。姉さん、今さ、この子から変なこと聞いたんだけど」「うん?」
とリシェルは、そろってルシアンと向かい合う小さな少年に目をむけた。には覚えがないが、リシェルにはある。昔、ライとルシアンとともに通っていた私塾の教師、セクターの今の教え子だ。
「姉さん達にも、さっきのこと教えてくれる?」
ルシアンは膝を折り込み、慣れた様子で少年に視線を合わせた。少年はこくりとわずかにうなずき、小さな両手を幾度か合わせた。「変なんだよ」 きゅっとへの字になった口元は今すぐに泣き出しそうに震えている。
「セクター先生が、いなくなっちゃったんだよぉ。帰ってこないんだ」
ルシアンはちらりと姉に視線をむけた。そうして、目配せを繰り返した。は一人、眉をひそめた。
私塾の教師である男が一人、街から消えた。
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2013/03/18