彼女と出会ったことは、は胸のうちに秘めておくつもりだった。
彼女がポムニットであることは、おそらく間違いない。けれども、彼女があの場にいた理由がわからない。少なくとも、こちらにとって明るい気分になる理由というわけではないだろう。

そう思っていたというのに、残念ながら、が飲み込むことなく、彼らはポムニットの存在を認識してしまっていた。


「まったく、一人で勝手に離れて、勝手に倒れてしまうだなんて、暖炉の中に薪がないくらいに情けない話ですわ!」

ぷん、と頬をふくらませるリビエルに、ごめんなさい、とは笑いながら抜き取られてしまった体力を考え、両手を幾度か動かした。問題ない。命に別状のない程度、というところが、どうにも彼女らしい。
が彼らに保護されたとき、とっくの昔に決着はついてしまっていた。こればかりは、と秘密にしようとしていた内容、ポムニットがあちら側についてしまっていたという事実すらも、既にご承知のとおりだ。俺がきちんとついていれば、と眉間にシワを寄せて頭を下げ続けるグラッドを見ていれば、むしろこちらが申し訳がない、とはしょぼりと頭を落とした。一人でも、なんの問題もない。そう判断し、離脱したのは自身だ。

(……リシェルも、落ち込んでると思ったんだけどな)
ポムニットは、元は彼女と馴染みであった
けれども溢れる元気を拳にのせて、「あーもー、いーみわっかんなーい!」 今度会ったらあの耳、ひっぱって真っ赤にしちゃうんだから! と何やら怪しげな手のひらの動きでシミュレーションを繰り返しているところを見ると、余計な気の回しであったらしい。弟のルシアンは、姉の暴走を止めることに必死で、こちらもこちらで落ち込んでいる暇などなさそうだ。


カサス、と名乗った青年があちらの手のものであるはずの獣王であった。その事実を耳にしながら、またややこしくなったものだ、とはため息をついた。カサス自身は、争いたくはない。けれども、その身に刻まれた呪いが彼を蝕む。やはり彼らは、竜の子を求めている。そして、姫と呼ばれる少女が、彼らをまとめあげている     ように、見えたとか。

「血の呪い、って言ってたけど、ちゃんはどう思う?」
「ううん……」

同じメイトルパだしね、と頷きながら、そっとに顔を寄せるミントに、は首をかしげた。
「……実際に、見てみなければわかりませんが、正直……」 言葉を濁した。魂までもが縛り付けられているとなると、単純に魔力の鎖を断ち切ればいいといったものではない。「やっぱりそうだよね。私も調べてみるけど」 手立てはないものか、と小さな顎に手のひらを当てる彼女を見ながら、も一人、眉をひそめた。


情けない。


頭の中では、ただひとつの言葉のみである。(なんとも、情けない)
なすすべもなく、地面に寝っ転がっていた自身を思い出した。下手をすると、命の危険もあった。けれども、ポムニットはにそれ以上何をしようともせず、ただ場を去った。それだけだ。(なぜ) そう考えるまでもない。案外、リシェルにやる気が満ち溢れている理由も、うっすらと彼女なりに理解しているものがあるからかもしれない。

ため息をつくの向こう側では、同じくむっつりと何かを考えこむように、ライが一人唇を尖らせていた。
その背中をミルリーフがぽふぽふと叩いている。彼もまた、悩むことが多いのだろう
見回してみれば、みんながみんな、どこだか心を遠くさせていた。考えることは、やまほどある。兄を敵にしたアロエリ、消えた教師を待つ子ども達に、竜の子をじっと見つめる御使い達。
ちらり、とちょんまげのサムライと視線が合った。こちらを見た彼は、ひょいと片目を眇める。にこりとわざとらしく微笑まれた顔を見ると、なんだか力が抜けてきた。

(……少し、疲れているのかも)
まさかそんな弱音を吐くわけにはいかない。口から溢れそうになるため息を抑えこむみたいにして、片手で口元を押さえた。「……?」 大丈夫かい、と優しげな声がきこえる。ぴくり、と無意識に肩が飛び跳ねた。
「アルバさん、あの、その、はい」
こくん、と頷く。それからぽふん、と顔を赤くした。いやそんな場合じゃない。

、やっぱり顔色が悪いよ。もう少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「あの、えう、だ、だいじょうぶです」
「でも真っ赤だけど」
「えっ。あ、ほ、ほんとですね、な、なんででしょうか」

ぺちぺち、と自分の首元を叩いてみた。熱い。よくわからない。大丈夫? とアルバが片手をのおでこに添えたものだから、ぷしゅりと噴きでた。「あの、アルバさん、その」「、やっぱりまだ寝ていた方がいいんじゃ」「あの、本当に大丈夫なので、大丈夫なので!」「いやでも、心配だよ」

「…………あんたら、いい加減にしときなさいよー?」

お姉さん的には初々しすぎて見てらんないわあ、と溜息をつく忍者を相手にして、とアルバは二人一緒に首をかしげた。




   ***


「あんたらを見てると、なんかものすごーく平和な気分になる」

というアカネの言葉に、何を言っていいのか、はちらりと顔を上げた。こっちにしてみれば、平和どころの話ではないし、このところ少しはマシになったものの、アルバの前だとやっぱり緊張してばかりだ。アルバもアルバで、ときおり、奇妙な間があることに、は気づいた。一瞬何を話せばいいのか、ピタリと二人で口ごもって顔を合わせる。(……私、アルバさんと、相性が悪いのかな) もしかすると、アルバは自身の扱いに困りあぐねているのかもしれない。だったらどうしよう。


「い、いやいや」
どうしようも何もない。たるんでいる、ものすごくたるんでいる。パチパチ、と自分の頬をひったたいた。(アルバさんは) 友人だと言ってくれた。初めてできた、の友達だ。ぱちん、と勢い良く顔を叩いた。なんだか勝手に緩みそうになった。そんな場合じゃないのに。

「……お嬢さん、あんたは一体何をしてるんですか?」
「え、あの、いえ」

手持ち無沙汰に塀に腰掛け、こちらを呆れたように見つめるシンゲンに、「き、気合を、入れて」 少々赤面した。
「そんならいいですけどね」 タバコの煙でも吹き出すような口調はいつものことだ。「さて、ご主人たちは、どうしてらっしゃいますことやら」


遠く、街の外へ目をこらした。教授、ゲック。将軍、レンドラー。彼らが外につながる橋の爆破を企んでいる。そう、ライとミルリーフが血相をかかえ、知らせてきたのは、数刻前だ。慌てて件の橋へ、ライ達は仲間をつれ飛び出したものの、外と街をつなぐ重要地点である橋を破壊しようとしている以上、街そのものの安全の把握もし辛い。ならばトレイユの街を守る人員も必要であると彼ら二人は残された。

「大丈夫だと思います」
「ま、ご主人ですからねえ」

何か問題がありさえすれば、合図を送る。そう伝え合っている。黒煙は未だ立ち上ってはいない。爆破はまだ、完了されていない、ということだ。正直なことを言うと、あまり心配はしていない。(行ってくるよ)そう言って片手をゆるく揺らした騎士見習いの少年に、コクコクと頷いた。

(できることなら、私も行きたかったのだけれども)
ついこの間、倒れたばかりだと言われれば、なんの否定もできない。

シンゲンと、ふたりきりだと考えると、どこか奇妙に感じた。高い塀の上では、風ばかりが吹いている。くしゅん、とくしゃみを一つして、鼻をすする姿を見ていると、の首に小刀を当てた男と同じであるとは思えない。

お互い、手持ち無沙汰な気持ちは感じていたのだろう。
「あんたは、一体なんなのでしょうねえ」 眼鏡のつるを上げながら、ふと、シンゲンは息をついた。は僅かに身動ぎして、眉を下げる。答えづらい話だ。

「こちとら流れ者ではありますが、一宿一飯の恩義は感じてるつもりなんでね。竜の子に悪意があれば、結界に反応する。まあ、中々不思議なことです。あんたはそれに反応しない。それを信用していいものかどうか、自分にゃよくわかりゃしませんが」

「結界の破壊は可能です」
気づけば、事実を話していた。自身は結界に反応はしない。で、あるからこそ無害である。そう主張すればいいものの、「私の専門はメイトルパです。荒い手段では破壊となりますが、自身のみ別の結界で覆い、欺くことも不可能とまでは言い切れません」
ただし時間も、手間もかかる手段ではありますが、と静かに言葉を吐き出した。馬鹿馬鹿しいと感じる。同じく、ちょんまげの武士も感じたのであろう。は、と思わずと言った口調で笑った。警鐘を鳴らすための鎚をくるりと宙に投げ、受け取る。「そら。あんたはわからないんだ」

手前がそうだと言ってるわけじゃございやせん、と鼻で笑う。「あんたは、あんた自身がわかっちゃいないということです」 そうだろうか。

そうなのだろう。

「私は、彼らのちからになりたいと思っています」
敵か、味方か。そう言い切れるほどの覚悟はない。けれども、そう感じている。ふと、空気が緩んだような気がした。ぴんと張り詰めた何かが、ふわりと一瞬だけ緩んで、すぐにまた気づかないふりとばかりに彼ははたはたと腰掛けた足を揺らす。「はてさて」 からかうように青年は笑っている。「ま、あんたが何かすりゃ、自分が即座に刀を抜けばいいというお話で」 それまで好き勝手になさい。

そう聞こえたのは、の気のせいだったのだろうか。
ふと、は顔を上げた。気配がする。はらはらと、崩れ落ちる音がした。空の破片がきらめきながらこぼれ落ちる。ちりりと、魔力がはじけている。「シンゲンさん」 そして、膨れ上がった。「空を……」 太陽が、隠れている。


ぽかりと、空に島が浮かんでいる。
天空を貫きながら、ゆるく、白い雲を引き連れて空を覆い隠している。おそらく、トレイユの街よりも大きな何かがぽかりと空に浮かび、太陽を覆い隠している。「こりゃ……」 話にはきいていた。シンゲンは黒縁の眼鏡の奥の瞳を剣呑に細め、眉間に指を載せた。過去に、竜の子が、御使い達が守りぬいていたその場所、「ラウスブルグ……」
どちらともなく、呟いた。

シンゲンは、即座に塀を飛び降り、警鐘のはしごを駆け上った。も同じく腰のポーチに指をのせ、いくらかの思案の後、レンガ造りの塀から体を乗り出し、草原の向こうへと目を細めた。はたり、と風が頬をなで、服の裾を揺らし、彼女の金の髪が膨らむように流れた。黒煙はのぼっていない。けれどもおそらく、彼らもこの様子に気づいているだろう。

ひとつ、ふたつ。鐘がなる音がきこえる。落ち着け。こちらの事態は把握している。落ち着け。そう問いかけるように、一定のリズムで青年は鎚を振り回す。住民たちの戸惑いの声が足元に広がっていた。
空の上には、悠然と浮かぶ城塞が佇んでいる。


何かを問いかけようとした。けれども息を飲み込んだ。自分が何をいったところで、事態は進んでしまっている。

     カンッ、カンッ、カンッ。


ただ、鎚を鳴らす音ばかりが響いた。
は、うすく、瞳を閉じた。レンガのざらついた感覚が、手のひらにすいつく。そして握りしめた指先が真っ白に震えていた。(気づいていた)
もう、ごまかしきることができない。

     の任は、トレイユにて、魔力のブレを感知した原因をつきとめること。

(知らないふりを、し通すことは、できない……)


覚悟のときは、近い。










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原作との相違は基本見ないふりでお願いします…

2013/07/28