「ぐらん、教授タチノトコロ、帰レナイー!」
ぶえええん、と鼻をすするような仕草でぽろぽろとオイルをこぼす機械兵士が、よしよしとアルバに慰められながら帰って来たのは、それから少し経ってのことだ。
「だ、だいたいの、事情は把握しましたが……」
我が身を砕き、特攻の覚悟でライ達を止めようとした。けれどもうまく装置が働かず、自爆すらも思い通りにすることができなかった機械兵士グランバルドを横目に、はぺたりと頬に手のひらを当てた。視線の先では、兎のような青い耳をぱたぱたと動かして、ぶえええん、と宿屋の端でぐずっている小さな子どもがいる。(いや、そうじゃなくて、機械兵士でした……) なんだか認識が崩れてしまう。
一応は敵ということで、捕獲すべきか否か、ともめる以前に、仲間たちのもとへ一人で帰ることもままならない方向音痴の召喚獣をそのまま放置するわけにもいかず、連れ帰って来てしまったということらしいが、はてさて、それで問題はないものか、と疑問に思う前に、件の機械兵士はへんへんと泣くばかりで、これが演技であるというのであれば、大したプログラムである。なぜだかミルリーフにも慰められるように頭をなでられているし、これはこれで問題はないのだろうか、とセイロン含め大人組は腕を組みながら首をひねっていた。
まあ、それはさておき。
「あれは……あの、俺達の頭の上に一瞬出現したでっかい島みたいなやつは、ラウスブルグ、ってことで間違いはないんだよな?」
召喚術にうといグラッドでさえも、ピンくとくるものがあったらしい。宿屋の入り口には、本日臨時休業のプレートがかたかた風で揺れている。ぐるりとテーブルを囲み、御使い達は曖昧に顎をそらすように、息を吐き出した。
とセイロンが目撃したあの“島”は、もちろんのこと、橋での戦闘を行っていたライ達も目にした。そして事情は後と、泣きじゃくるロボットをひっぱり、宿へと帰還したというわけだ。
「あれは……そう、ラウスブルグで、間違いはない」 苦い息を吐き出すように、セイロンは静かに瞳を落とした。「確かに、そうだ」
(ラウスブルグ)
一瞬島は現れたのち、すぐさま姿を消した。まるですべてが嘘であったかのような青い空を見ていると、まるであれは、嘘か何かだったのではないかと自身の記憶を疑ってしまいそうになる。
(けれども、あれは)
魔力を感じた。
腹の底から冷えるような、何かをは感じた。が、というよりも、に関わる召喚獣達が、何かを感じていた。彼らもわけが分からず、歓喜に近い声を叫びあげていた。(……あなたは、知ってる?) しん、と静かに口を閉ざしていた相棒を、つんと服の中で弾いてみる。鈍い緑の輝きが、知らぬ存ぜずと主張していた。思わずため息が出てしまった。
「しかし、先代もいない今、御子殿以外動かせるものがいるわけが……」「いや、それはいいんだけどよ」 くるり、とライは頭の上で指を回す。「今、あいつらがいないってことは、消えたのか?」
「消えたんじゃありませんわ。別の空間の中に、姿をねじこませていますの」
わからない、と眉をひそめるパーティーに、だから、とリビエルは丸眼鏡に手をかける。「確かに、今もラウスブルグはあの場所に存在していますわ。けれども、それとは別の空間に移動した。だからこそ私達の目には視認できませんし、あたかも姿がないように見えます」 ややこしい、と降参の両手を上げるリシェルの隣では、なるほどとその弟が頷いている。
「いるけど、いないってことは、今はあっちは何もしてこないってこと?」
「それは楽観しすぎじゃないか? どっちにしろ、俺達の頭の上にいるってことは変わらないんだ」
いつ、どう攻撃されてもおかしくはない、と語尾を荒らげるグラッドに、「そのとおりだ」 はたり、とセイロンは扇を揺らす。「姿を見せておらぬ今は、あちらは何もすることはできぬ。しかし、次に姿を見せたときは」 ひたり、と落とされた言葉が、重くひびく。「そもそも、何の目的を持って我らに対して姿を現したのかさえもわからぬのだ」「何の意味もなく、こっちをびびらそうって魂胆やもしれませんねぇ」
まあ敵さんの事情なんぞ、自分にゃわかりゃしませんがね、と軽い口調で口笛を吹くシンゲンに、ピタリと皆の視線が合わさった。ひんひん、と泣いている声が響いている。そっと部屋の端に視線を動かして、「なあ、グランバルド。お前、なんか知ってるか?」「…………?」 初めから、期待などしてはいない。
まあ、そうだよな、と首を傾げるグランを相手に、ため息をつく各人の中で、重苦しい様子で、駐在軍人は頭をかいた。「問題は、ギアンの動向だけじゃないんだ。あの頭の上に現れたあいつはなんなんだって、街の住人たちも動揺している。とりあえず、こっちからはなんの問題もないとか通達しておいたが、どういうことだか、もうすでに軍本部にこの状況が伝わっちまっているらしい」
「そりゃ……」
そうかもしんねえな、と白髪をかく少年の姿は、歳相応だ。「俺は知らなかったことなんだが、すでに軍本部から、偵察の役目として軍人が派遣もされているそうだ。そいつがもうすでに到着しているのかどうかは分からないが、俺みたいな下っ端には、情報すりゃよこしてはくれない。もしかすると、前々からこっちの状況に、すでに目をつけられていた可能性もある」
やってくるのは、どんなお偉いさんなんだか、と嘆息するグラッドを相手に、膝の上においた拳が、ぴくりと震えた。「……?」 アルバがこちらを窺っている。なんでもない、とばかりには首を振った。
報告セヨ
すぐさまとばかりに羽を広げる鳥に、は佇んだ。報告セヨ。そう鳥は囁き続けた。
「俺は、人間の決まりは、よくは分からない。けれども、御子様を人間の手に渡したくはない。だから、できることならば、そいつが関わることは、阻止したい」
ハッとは顔を上げた。それと同時に、リビエルの声が重なる。いくらか、会話は進んでいたのかもしれない。
「アロエリの言う通りですわ」
「……俺も、そうは思ってはいるんだが」
軍人として、仲間としての間に揺れるように歯噛みするグラッドの気持ちは、痛いほどに理解ができる。「できる限り、俺もなんとかしてみせる。ただ、情報の呈示を遅らせることで、トレイユの街を危険に晒すことは避けたい」 大きな力を借りなければ、なんともならないものというものも存在する。(それが……) 今なのだろうか。
はじっと小さくなりながら、彼らの言葉を耳にしていた。報告せよ、トレイユの街上空に、不審な物体を観測、魔力の乱れを感知。早急な回答を願う。そう声を張り上げる報告鳥を相手に、は応と頷いた。震えるように、首を縦に振った。
(いちゃだめだ)
自身がこの場にいてはいけない。これ以上彼らに関わり、事実を知ってはいけない。知ってしまえば、は任を遂行せざるを得なくなる。「わ、わたし」 声が震えた。立ち上がろうとするの言葉にかぶさるように、「あのね、みんなにお話、したいことがあるの」
鈴を叩いたように、小さな、可愛らしい声だ。
ももいろの髪を揺らして、ぱちり、とミルリーフは可愛らしい瞳を瞬いた。
初めから、納得ずくのことであったのかもしれない。彼女の言葉を静かに聞き入れるように居住まいを直す御使い達を見つめ、は慌てた。なにか、自分が聞いてはいけないようなことの気がする。「ラウスブルグのことについて。まだ、お話ししてないことがあるの」
人間には知られちゃだめだって、ずっと、隠してたことなんだって。と、ぽとんとこぼされた言葉をきいて、今度こそとは立ち上がった。弾かれるように倒れた椅子が、床の上でバウンドする。「そ、それは」 くしゃりと顔が崩れる。「私が、きいても、いいこと、なんでしょう、か……」 きょとりと丸まった彼女の、ミルリーフの瞳をみると、何やら自身が妙なことを言ってしまったのだろうかとひどく思考がから回った。「わ、私は、みなさんの中でも遅参の方ですし、何のお役にも立っていないですし」 それに、召喚師だ。
「……そんなこといったら、あたしの方が参加は遅いんだけど?」
「あ、いえ、アカネさんは」
あんたがダメってんなら、あたしもダメってことよね、とけらけらと笑う彼女に、は口ごもった。「召喚師ってんなら、あっちもそっちもそうじゃない。それがなんで、あんたがダメな理由になるわけ?」 その上、ドロボウだしね。
そうじゃない。
そうじゃないのだ。
(でも、言えない)
「……そなたは、我らをあだなそうと考えておるのか?」
セイロンの言葉に、は顔を上げた。はいとも、いいえとも、言えずに口元だけをぱくつかせた。「あのね」 はたりと揺れる竜のしっぽは、優しい色だと時折、は感じていた。メイトルパの色だ。
「人間、みんなが信じることができるなんて、思ってないよ」 だってみんな違うもの、と小さな両手を合わせて、ほこりと少女は笑っている。
「でも、ここにいるみんなは、ミルリーフは信じてるから。もし、秘密をばらしてしまうことで、よくないことがおこっても。絶対に、ミルリーフがなんとかするから」
だから、大丈夫なの。
気づくと、背中に誰かの手のひらが触れていた。男の人に比べれば、少しだけ小さくて、けれどもよりも大きくて、あたたかい。ふと、視界が開けた。はたはたと誰かが手のひらを振っている。はそれに振り返した。その人はによく似ていた。おにいちゃん、と小さなが口を開いて笑っている。
ラウスブルグは、ただの消える城でも、戦艦でもなんでもない。
大きな大きな方舟だ。世界と世界をつなぐ、乗り物だ。
(異世界に、行くことができる、大きな“船”……)
そう、竜の子は語った。リィンバウムは、エルゴの王が包む結界に守られている。きらきらと光る石を通してでしか、彼らの世界をうかがい知ることができない。けれども、リィンバウムに乗り、竜の子が羽ばたけば、彼らの世界を訪れることができる。
これは、知ってはいけないことだった。ぱたりと、は宿屋の扉をあけた。緑の羽毛をふくらませる召喚獣を腕にのせ、冷たい風が頬をなで、彼女の髪がふわりと揺れた。(報告する) 覚悟は決めた。
とうに決めていたものでもあった。「報告、セヨ」 舌っ足らずにさえずる鳥が、その言葉ばかりは流暢に呟くことに苦笑した。
「報告」
りん、と声が響く。
「トレイユの街に現れた物体は、悪質な召喚師による集団幻覚である」
覚悟は決めた。
とうに決めていたことだ。
「脅威はすでに排除済みであり、危険性はない」
(私は)
あの人達の仲間だ。
「魔力のブレとは、何の関連性もなし。これ以上の調査の必要性は、皆無と判断する」
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2013/10/20