しでかしてしまったことに対する、後悔はある。



つるり、つるり、とは陶器のコップを手のひらで包み込み、ふと、ぼんやりと陽光を見上げた。からころ、とコップの底がテーブルにこすれる。からころ、からころ。(嘘をついた) 嘘は今までに何度もついてきた。それはこなされる任務の中、必要であったからついたものであり、全ては帝国のためだった。そうして生きていくことが、には義務付けられていた。

(再調査を)

調査の必要性はなし。そう報告したに対して、こくりと鳥は首をかしげた後、短いくちばしを震わせ、鳥は告げた。納得されるものなど、初めから思ってはいなかった。あからさま過ぎたし、出すべき資料すらない。もしかすると、とっくの昔にの不義はとっくにバレているのかも。

「…………はあ」

しでかしてしまった。けれども、もう後には戻れない。次は、どんなしらをきるべきか。そう考えている自分がいる。「はあ………」 出てくるものはため息ばかりである。(私) ここにいても、いいのだろうか。
さっさと、自分は出ていくべきなのかもしれない。けれども、踏ん切りがつかない。(私は……)

一体、何をしているんだろう。


   ***


「ちょっとアルバ。あの子なんか変じゃない?」
「げ、元気はないみたいだけど……」

おそらく、数日前からのことだ。今も食堂の端っこのテーブルに座り込んで、コップを手のひらの中で遊ばせている。はたから見れば、ほかほかとひなたぼっこに乗じている姿と見えなくもないが、何やら若干視線が遠い。なんか変じゃない? 気のせいかも? そんな問いかけをリシェルと繰り返すこと数度、「あ」 の手のひらから、ころんとコップが遠ざかる。「ああ」 おっこいしょ、と中身もカラのコップに手を伸ばして、テーブルからすくい上げようとした。「おぶっ!?」 そしてそのまま顔面をテーブルに殴打していた。

「…………」
「…………」
「今、なにやったの?」
「なんだろうね……」

顔面を押さえてぷるぷると椅子の上にうずくまっている少女がいる。指の先から見えるおでこは、僅かに赤らんでいた。「あの子ったらなんっかここ数日、おかしいわよねえ」「うん……」 いつもどこか上の空だし、ぱちぱちとうさぎのような赤い瞳をまばたかせて、時折何かを深く考えこむようにため息ばかりついている。「……恋煩い、みたいな」「……えっ」 アルバの茶色いしっぽが触れた。「誰に?」「そりゃ……」

くるくるとリシェルは人差し指を回して、何かをいいかけて、「それは冗談として」「なんだよリシェル」「誰だったら嬉しい?」「ええ?」 変な会話だ。「うっそー」 女の子ってのはよくわからない。


あーあ、あーあ! と何やら奇妙なため息を繰り返すリシェルを横目で見ながら、ごろごろと転がるコップの音を耳で捉える。「あああ……」 なにやら気が抜けたような声を出して、「あうっ」 ガコン、と鈍い音が響く。「……」 真っ赤なおでこを押さえている。大丈夫なのだろうか、なんだか心配になる。

そして激しくガラスの砕ける破壊音が響いた。「アアア……」 

「コップ、割ッチャッタ……」
「グランバルド……」


そしてここにも、様子のおかしな者が一人。




   ***




「お前ら、いい加減にしろよな?」

ガツコツコツ、とお玉の先を肩に叩きながらため息をつく店主の姿の目の前には、割れたコップがゴロゴロと転がっている。ついでとばかりに、自身の重さで崩れた椅子を抱えてえぐえぐ泣いている。感情豊かな機械である。「おいお前、目から出てんのなんだ? それ大丈夫か?」「コレ……おいるダカラ……」「くったもんが目から出るのか?」 機械兵士の主食である。

なんかスゲーな、とエプロンをひっぺがしながら、件の二人の前に、よっこらせ、とライは座り込んだ。「グランバルドはまあ、見た通りとして……」 ぴこぴこ、と情けない機械の耳が揺れている。「、お前なんかあったのか?」 ぴくん、と小さな体が僅かに震えた。


皿は割るのは日常茶飯事、何もないところですっころぶ、壁にぶつかる、「ひうっ」「アウウ!」 がごん、と重っ苦しい音が響く。立ち上がった瞬間、二人一緒に頭をぶつけた瞬間を、ライはしっかりと目撃していた。「……器用なことすんなあ」

人間、誰しも調子の悪いときはある。まあ、そういうときなのだろう。機械は知らない。もともとロレイラルの召喚師であるリシェルは、爛々とした瞳でスパナをかかえて、グランバルドの姿を目で追っているが、それも知らない。「ライさん、すみません……」「いや、いいけどな。それよか疲れてるんなら、ムリしなくてもいいからな」 はい、と頷く声は小さい。



     わかっている

自身で決めたのなら、開き直りでもなんでもすればいいのだ。結局どっちつかずで、本当にこれでよかったのだろうか、とベッドに入る度に思考は堂々巡りだ。やれやれ、とこっちの背中を向けて割れた食器を集めるライの背中を見て、また体が縮こまった。かちゃん、と欠片を一つ、手のひらに載せる。割ってしまった。かちゃん、かちゃんと、白い陶器が手のひらの上につまっていく。かちゃん、かちゃん






、なにかあった?」

宿屋から追い出された一人ともうひとりで洗濯物を抱え込んで、今日はいい天気ですねえ、イイ天気ダネェとぼんやりとつぶやいているとき、訓練帰りの少年が、大剣をちょいと肩にのせながら、首をかしげた。ぴろり、と頭のしっぽが揺れている。きゅっと胸の音がなった。このところ、アルバを見るといつもそうだ。

「何かって、なんですか?」
「うーん、なんだろうね」

疑問を返されてしまった。なんだろう、ともう一度アルバはつぶやいて、よっこいせ、とグランバルドとの間に座り込む。「なんだろうね」 また同じ言葉だ。
     言えるわけがない)

結局、自分はなにもなかったことにしたいのだ。誰も彼も、なにも知らずに、平穏に過ごすことができたらいい。波風なんてたてずに、ずっとこのまま、同じように時間が過ぎていけたらいい。(この先、ずっと……) 同じように。
けれど、そんなのムリな話だ。

(私は、帝国に戻るのかな)
もしかすると、は帝国に疑われていた。泳がされている。悪く言葉を言えば、そのとおりだ。けれどもそれは、まだ手遅れではなかった。素知らぬ顔をして部隊に戻り、親衛隊となる道は残されている。いや、それ以外の道など考えたことはなかった。けれどもそれは、兄の顔に泥を塗ることにならないのだろうか。(これから先) どうすればいいのか。そう考えたとき、はたとアルバの顔が浮かんだ。「な、なんでもないです!」「そう?」

これから先を考えて、なぜだかアルバの隣にいるような気がした。それを気のせいだと叫んだセリフだったのに、先ほどの否定ととらわれてしまったらしい。ぱくぱく、と何度か口を開け閉めして、まあいいか、とは思わず立ち上がった体を落として、ぺとりと地面に腰を置いた。優しい風が吹いている。


「教授ー」

聞こえた声は、唐突だった。ぼたぼたと相変わらずのオイルという名前の涙を目からこぼす機械を、とアルバは首をかしげながら見つめた。「ぐらんハーぐらんハー」 ずびずび、と鼻をすする音までついている。「何デ、ココニイルノー!?」 もっともな叫びだった。





グランバルドはもともと、ライ達と敵対する勢力の仲間である。
けれども戻るに戻れなくなってしまい、いつのまにやら宿屋の仲間に収まってはいるが、あんまりにも自然であったので、うっかり元の立場を忘れていた。彼だって色々葛藤するにきまっている。洗濯物を抱きかかえて、じたばたと体を動かすものだから、背中から伸びた二本のコードも一緒にぶんぶんと泳いでる。

「グランバルドも大変だな」
神妙なアルバの声に、もこくりと頷いた。自分なんかの悩みよりも、もしかすると彼の悩みは深刻かもしれない。なんてたって、まっただ中の激戦地     と言っては言い過ぎだが、その渦中にいるわけで、自分の気持ちで帰ることもままならない。
ほかほかと温かい陽気の向こう側で、ちろちろと可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえる。うっかり眠ってしまいそうだ。

「その、教授っていうか、家族の元に戻ることはできないのかい?」
「ムリ……。ぐらん、じーぴーえすノ機能ハ、ツイテルケド、教授ノバショ、ワカラナクナッテル……ぐらん、オ馬鹿ダカラ、教授ノ場所、分カッタラ、教授タチニ、迷惑カケチャウ……」
「ま、そりゃそうか」

あちら側から、こちら側が有利になるような情報を与えるはずはない。グランバルドがライ達とともにいることは、すでに彼らも把握しているだろう。迎えをよこすにせよ、竜の子を守る結界は、彼らの存在を阻んでしまう。「グランは、別にミルリーフをどうするとか、そういうつもりはないんだよなあ」 ふとが感じた疑問を、同じくアルバも感じたのだろう。よっこいせ、と膝の間に大剣を置いて、大きな機械をちらりと見上げた。彼は、結界に反応してない。

「みるりーふ、ドウスル? ウウ? ウウウウ?」

よくわからない、とぎしぎし音を立てて、左右に首を動かしている。くすりとは吹き出した。「なんでもないです」「ぐらん、ムズカシイノ、苦手。ヨク分カラナイ。ぐらん、馬鹿ダカラ、ドウシタラ良イカ、分カラナイ……」

ふと、とアルバは顔を合わせた。それからほんの少し口元をゆるめて、よっこいせ、とアルバは薄く筋肉のついた腕を伸ばす。
ぱしん、と鉄板の背中を優しく叩いた。けれどもそれくらいでは、グランバルドの体はびくともしない。アルバの右手が、ひらりと揺れる。「ここにいたらいいだけだよ」

ここにいたらいい。
「他の場所に行くっても難しいだろうし、その教授達のところに戻りたいんなら、戻ったらいい。それまでここにいた方が、きっと会えるだろうしさ」

膝の間に抱えた洗濯かごが、くしゃっと彼の腕の中で折れ曲がった。あ、とが声を上げる前に、「ぐらん、ココニ、イテモイイノ?」 うん、とアルバが笑っている。「ダメなら、と一緒に洗濯物なんて干してないさ」 よし、グランバルド、次の仕事はこいつだぞ、とライに渡されて、おっちょこちょいな姿を見せながらも、「ウン!」と嬉しげに頷くグランバルドの姿を思い出した。「おいらだけがそう思ってるわけじゃないと思うけど」 

ソウカナァ、と少しだけ疑問を持つように、自分の手元を見て、くしゃくしゃに折れ曲がったカゴに気づき、「ギャッ!」と悲鳴を上げた。「マタ怒ラレル!」 悲壮な声を上げながら泣き出しそうな声を出すグランバルドに、「おいらも一緒に怒られてやるよ」

私もですよ、とも笑うと、「ホント!」 小さな子どもみたいだ。にこりと嬉しげに細められるグランバルドの瞳を見ながら、はふと、自分の膝の間に頭をいれた。「……?」 どうかした、と声をかけるアルバの声は柔らかい。「なんでも、ないです」

     戻りたいんなら、戻ったらいい

(少しだけ)

少しだけ、何かがわかったような気がした。






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2014/02/12