敵は、ラウスブルグを求めている。
ラウスブルグは、時空という波の中を羽ばたくことができる。けれども、その動力源として、竜の子が必要である。
将軍、教授、獣皇。それらを束ねるギアン。     そして姫と呼ばれる少女。
彼らは、ただ、時空を越えたいのだろう。分かってしまえば単純な話だ。
ポムニットさんが、何故彼らと共にいるのかということは分からない。ただ、彼女は悪魔と人間、半分半分で生まれた人なのだという。うまく抑えていたバランスが崩れてしまって、どうしようもなくなって、リシェル達の前から姿を消した。
以前、ぽつりと彼女がそう漏らしていた。


(大切な人の前から、姿を消す)
それには、どれくらいの覚悟がいるのだろう。

ぶん、と剣を振るアルバの姿を見て、はふと瞳を落とした。何か、自分の中で奇妙な言葉か、感情が、ころんと浮き出て、そのまま沈んだ。一体なにを考えていたんだろう。「……?」 気づけば、汗を拭いたアルバが、目の前で立ち尽くしている。

「え、あの」
「どうかした?」

もしかして、疲れた? という言葉に、そんな訳ない、と力の限り首を振った。日課となっているアルバの訓練を隣で見つめて、ほかほかと公園のベンチでひなたぼっこをしている分際だ。本来なら、許される訳がない。だって、くさっても軍人だ。できることなら、ひとりきりで訓練の一つもしたい、という理由で、いそいそと郊外の原っぱで剣を振り回している間に、面倒なことにもゴロツキ達に絡まれてしまってからというものの、アルバはをちょくちょくと遠出に誘うようになった。

遠出、といっても、近場の公園で剣を振るって、ときおりライのお使いをして、ぐるりと街を見て回って、とそれくらいだ。訓練の言い訳のかわりに、お散歩をしたい、といったの言葉を、アルバはそのまま受け止めてくれて、ひとりきりでは心配だからと、ちょっとの用事を見つめて付き添ってくれている。
挫けそうになる。
左に、右に、体が揺れて、奇妙に方向感がとれない。なにに、“挫けそう”なのか、それすらも、よくよく理解ができていない。
(嘘をついている)
アルバの善意に、手のひらを伸ばして。

もしかしたら、それかもしれない。けれども断るのは不自然だし、宿にこもりきりというのも、よくない話だ。別に、実際は宿の住人達は、ふらふら好き勝手に外に出ているし、だって、そうしたらいい。けれども、アルバの誘いを断ってとなると、何かおかしい気がする。
この頃は、機械兵士も一緒になって、がっしゃんがっしゃんと嬉しげな音を立ててスキップするように歩くのだ。飼い主、と言ってしまえば言葉は悪いが、明らかな召喚獣でも、主さえいればそう問題になることもない。体の鉄板を暖かくして、公園のベンチでぱたぱたウサギのように耳を動かすグランバルドの隣で、からからと笑うアルバを見ると、はどこかキュッとなる。

多分、同じ年頃の男の子と、ちゃんと話をしたことがないからだ。
だから、時々妙になるのだ。
きっとそうだ、と思ったとき、「?」 ぴくん、と震えた。

あんまりにもがぼんやりしていたものだから、ぺちり、と優しくアルバの手のひらがの頬に触れた。きゅっと赤くなる。「やっぱり、具合が悪かったりするのかい?」 言葉の意味を数秒飲み込んで、首をふろうとした。そのときだ。


「お、アルバ」
も、なにやってんだ?

聞き覚えのある声がした。
「ライさん」
よくよく会う。と、思うのは気のせいではないだろう。もともと広場は誰もが通る道だし、活気もある。遠くて、紐に繋がれた召喚獣が、甲高い声を上げた。ちらりとそちらを目にしながら、はひっそりと腰につけたポーチを撫でる。よくある光景だ。

「俺はただの買い出しだけどさ」

尋ねる前に、ひらひらと片手を踊らせながら、ライは僅かに口の端を上げる。「昼飯、うまくできたのか?」 首を傾げるアルバを見て、はやめてください、と必死に首を振った。

「ご、ご飯はまだなんです」
「ん? ああ、わりーわりー」

でもまあそろそろ昼の時間だろ? と頭上を見上げる。太陽は、ほんの少し転がって、足元の影が丸くなっている。「ああ、もしかして、お昼、が作ってくれたのかい?」 一緒に食べようか、ありがとう。と笑うアルバを見ると、赤くなる。はこくこくと何度も頷いた。大きめの鞄は、ベンチの膝の上においてある。「……あ、あの、ライさんも、よかったら」

にとって、料理に関しては師匠に位置するわけで、その彼に対する提案としては少々勇気がいるが、お昼は自信作のサンドイッチだ。「いかがですか!」 ちょっと語尾が強めになった。「んにゃあ、俺はもう作っちまったし」 さすがの食堂の息子だった。「ついでに」 邪魔したらリシェルに殺される、というセリフは、さすがに彼は飲み込んだ。

中途半端で途切れたセリフに、特にアルバとは気にすることなく、ぱたぱたとはアルバの汗をふいている。アルバは僅かに背を折りたたみながら、苦笑していた。思わず生ぬるい笑みが溢れそうになった。

まるで遠くを見つめんばかりにぎゅう、と瞳を細くして、なんともいねぇ、とライは静かに呟いた。別にいいが。
「んじゃあ、俺はそろそろ。仕込みの時間もあるしなー」
リシェルの親父に頭でも下げにいかねーとな、と吐き出すセリフは、妙に悲しい。お買い出しのお手伝いしましょうかとが呼び止めれば、はたはたと片手で返事をするだけだ。
ふと、匂いがした。


気づくと、はふいと手のひらを伸ばして、ライの腕を掴んでいた。

「ん? なんだ?」
「あ、いえ……」

はライの腕周りを、やんわりと包んだ。特に彼も抵抗はしかなった。ただ、きょとんと猫のような瞳を瞬かせるだけだ。(……メイトルパの) 匂いがするような気がした。
彼の右腕の奇妙な腕飾りについて、今まで彼女は気にもとめていなかった。けれども何故だろうか、唐突に、弾けたような感覚だ。

格子状に彼の腕をぐるりと包む腕輪を、ライが外している姿を、は見たことがない。エメラルドのそれは、も好む色だ。メイトルパの色合いだった。(泉の匂いがする) 町外れにひっそりと存在する不思議な泉だ。同じ、と思ったのはただの一瞬で、それが過ぎてしまうと、勘違いかなにかのような気がした。本当に、の思い違いかもしれない。今はもうなにも感じない。

じっとはライの指先を見つめた。僅かにささくれた指先は硬い。特にライは抵抗するでもなく、ぺちり、と無言で互いに手を合わせてみた。一体自分は今、何を感じたのだろう。
疑問が形作る前に、アルバが、とライの手のひらを、やんわりと放した。

アルバととライと、三角に立ったまま、「ん?」 アルバがパチリと瞬いた。すっかりと離れて自由になった互いの手を見て、とライは、きょとんと首を傾げるアルバに視線を向ける。「あ、いや」
アルバはとライの手を放した、中途半端なポーズのまま手のひらを固めた後に、「ごめん」 特に深い意味があったわけではないのに、奇妙だ、とアルバは一人耳をかいた。

「いや、別に謝るこたないけどさ」
それよか、買い出しに行ってもいいか? と尋ねられたものだから、「あ、はい、ごめんなさい。お邪魔しました」「まあ、俺から声かけたんだけどな」 からから、とライは苦笑して、あんまり遅くなるなよ、と言い残しながら、背を向けて去っていく。

すっかり、汗もひいてしまった。くるくる、とお腹の虫もないている。
「アルバさん、ご飯……」
一緒に食べて頂けますか、と抱えていたバスケットをそっと差し出すと、ワンテンポ遅れながら、「うん。ありがとう」 とアルバは笑った。



   ***




結界の中に入ると、どこか暖かく感じる。気づけば、そうなっていた。初めこそあふれるマナに、まるで船酔いのように酔ってしまったのだけれども、今はマナ避けの守を持っているし、元来、はメイトルパだ。慣れてしまえば、こちらの方がどこか落ち着く。


さくさく、と忘れじの面影亭までの道のりを、アルバと歩いた。彼の背中を見ていると、ときおり、ふと寂しくなる。「アルバさん」「……ん?」 優しい声だと思う。「アルバさんって、食べられないものって、ありますか?」 会話を続けようと思っただけだ。うーん、とアルバは唸るように頭上を見て、さくさく、と歩を進める。

「特にないなあ。食べ物は粗末にしちゃいけないってのがうちの方針だったし、母さん、いや、母親代わりの人だけど、その人が作るのは、なんでもうまかったし」
「へえ……」

家族の話になると、アルバの言葉の語尾が、ほんの僅かに楽しげになることにはとっくに気づいていた。羨ましいと思う。はもう、帰る家なんてどこにもない。「は? 苦手なものはあるのかな」「私も、多分ないです。好き嫌いなんて、言ってる場合じゃなかっ……えっと、しつけが厳しかったというか」 主に軍だが。

そっかあ、とアルバは振り向きながら、そっとに手のひらを伸ばした。勾配がきついからだろう。は特に躊躇もなく、アルバの手のひらをとって、ひょいと足を伸ばす。そして、またてくてくと歩く。「じゃあ、今度はおいらが作ってもいいかな」 と、いっても大したものは作れないんだけど、と今日のお昼のことを言っているんだろう。パッとは頬をほころばせた。「も、もしよければ」 ご一緒に、と呟く声が、ちょっと小さくなる。

うん、とアルバがこっちを向かずに頷いた。笑っているんだろう。そんなことくらい、にもわかる。
ずっとずっと、こんな日が続きそうな気がした。1日が平和に終わると、明日もそんな気がする。そんなわけないと分かっているのに、錯覚する。ひたりと、アルバが唐突に足をとめた。も気づいている。


ひらひらと、ヴェールが揺れていた。こちらに背を向けたまま、彼女はそっと前を見据えている。ほとり、と葉がこぼれ落ちた。とアルバの二人が砂利道を歩く音は、とっくに止まってしまっている。ふと、彼女は振り向いた。その隣には、見覚えがありすぎる人物が、二人ばかり隣にいて、まるで、こんにちは、と簡単な挨拶が返ってきそうなくらい、ふわふわと淡い空気が漂っていた。「あ……の……」

鈴みたいな声だった。は、直接、会ったことはない。けれどもアルバは違う。
アルバは困ったように眉根を寄せて、をかばうように、片手を広げた。そうした後で、やっぱりと居住まいをなおした。「お話、したいことがあって、来た…、の、ですけれど……」

いきなり訪ねてしまっては、驚かせるのではないかと、困っています、と桃色の可愛らしい瞳をくるくるさせて、彼女はぺこりと頭を下げた。


「お姫さま、だった……かな?」
それに、ポムニットさんも、カサスも久しぶり、とアルバが声をかけると、彼らもやんわりと頭を下げた。昼下がりの午後だった。







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2014/11/20