「報告事項、なし。多少の魔力の滞留の気配はあるが、懸念の必要なしと判断」

くい、と首を傾げる鳥を指にのせて、はふと瞳を険しくした。なにもない。このの言葉が、彼らに伝わる。あちらには声色を読み取ることのできる召喚獣も複数匹。喉の奥を引き締めた。これはにできることだ。
ただ、にできる、ただひとつのこと。






あいも変わらず、帰還の命令すらも下らず、数日に一度、伝言役が羽ばたいてくるだけだ。嘘っぱちの言葉も、何度も出せば事実のような気さえしてくる。軍の正式な報告は、言葉こそ悪いがグラッドが握りつぶしているし、召喚師の中枢であるミントも口を閉ざし、街の主でもあるリシェルの父も、今のところ動きを見せてはいない。

諦めてくれたらいい。
覚悟を決めたの嘘はただ繰り返されるだけで、何の意味があるのかすらもわからなかった。けれども少しくらいの価値はある。きっとそうだ。おそらく、はアルバと同じだ。このままでは帰れない。こんな中途半端で放り投げるわけにはいかない。とうとう宿屋でさえもが、敵の視野に入ってしまった。
(手ごわかった)

手のひらには極力あとがつくことのないように訓練されている。武器を持つ人間にしては白く小さなきれいな手のひらだ。無闇矢鱈に硬い体になってはいけない。親衛隊は、ただ厳つい体を作るのではなく、見目すらも考慮される。小さく拳を握った。あの日、跳ねるように技を繰り出すポムニットを思い出した。(“借りて”しまうかもしれない) 腰元のポーチは、ころころといつでもにささやいてる。彼らの力を借りてしまうかも。

なにを気にすることがあるのか。

そう呟いていた。けれども、やはり抵抗があった。はただ、喚び出しただけだ。
の声を、彼らはきいてくれただけ。



   ***



怪しい人影というのはどこにでもいる。

ため息をついた。ギアンが攻めてきてからというもの、は腰元にそっと細い剣を突き刺すようになった。召喚師とライ達には説明をしているものの、物騒であるからと言葉を落とせば、案外納得してくれるものであるらしかった。もとは旅人なのだから、護身用にと言えばそうおかしなことでもない。
さすがに器用に扱う姿を見せるわけにはいかないが、いざというとき物があるとないではまったく違う。ただ、の得意は別であるので、少々心もとないが。

ざわつく町中で、黒いローブのフードを深くかぶっている。くん、と鼻がひくついた。
ローブの男の背後へ近づいた。そうして、路地裏へ引きずり込む。男の首元を捻り上げるようにつかみ、壁に押し付ける。もう片方はまったくの背後へ剣をつきつけた。咳き込むように男は喘ぐ。「キサマ……!」「動かないほうが」

教授になにをする、と悲鳴を上げる女に、片手の剣をちらつかせる。「なにをしていらっしゃるんでしょうかとお聞きしても?」 ぱさりとフードがずり落ちた。「ゲックさん」「教授から、離れなさい!」 突き立てた機械兵士の手のひらをかわす。その隙に機会兵士が躍り出た。ゲックを守るようにに立ちはばかり、青い瞳を釣り上げる。メガネの奥の瞳は眠たげな割には、よく主張する。の記憶にある機械兵士の基準とは異なるが、おそらく“特別製”なのだろう。
機械兵士は、ローレットと呼ばれていた。
刃を直接合わせたことはないが、彼らの獲物については頭の中に叩き込んでいる。

「なにを考えていらっしゃったかわかりませんが……」 ほんの数メートル向こうには、いつもと変わらない喧騒が響いていた。あまりにも近すぎる。「ここと次第によっては、手段を選ぶつもりもありません」
片手をポーチに添えた。

それを合図とするように、ローレットが片手を突き出す。銃は不利だ。言葉を声に落とす前に、胸の中に落とす。そうすれば彼が来る。「…………ローレット、やめい!」 ピタリと体を止めたのは、彼女だけでない。「……ですが、教授……」「争いをするために来たわけではない。悪いが、見逃してくれんか」

竜の子に、手出しをする気は一切ない。そう呟く老人の言葉を、は静かに聞いた。では何故。「彼はセクター……と、言ったかのう」 そう考えるように、着慣れないローブの襟に指を置くゲックの言葉は、少々には意外であった。


彼は、セクターを直しに来たという。
そもそもセクターが、この街にいるという事実さえも、には不明だ。「あれは、わしが作った機械兵士だ。見たところ、すでにガタが来ておる。今すぐに機能を停止させたとしても、おかしくはない。だからこそ、いてもたってもいられなかったのじゃよ」 そのためだけに、わざわざ単身で乗り込んだ。

「正直、信じがたくはあります。けれども」
直接的な戦闘をおそらく得意とはしない彼が、わざわざ自身で向かう理由の検討がつかない。「信じてもらえずとも結構。わしらは退散させてもらう。互いにこの場から離れるにこしたことはないと思うがのう」 その通りだ。

三姉妹の機械兵士の、二人内どちらかならよかった。けれどもローレットは銃を持っている。一人なら問題はない。しかし住人がいる。「その言葉を信じても」 敵。おそらく彼らは敵だ。自身と、彼らの間にはなんの確執もない。ただミルリーフがいる。彼女をやすやすと渡すわけにはいかない。「わし自身も、姫が心配なのでな。ことさえすめば、退散させていただくよ」

橋を爆破させようとしていた男だ。するりとは、ゲックに刃を向けた。ローレットが標準を定める。「もし、約束を違えるのなら」 嘘をつくことには慣れている。「こちらでお預かりさせて頂いているあの機械兵士を破壊させて頂きます」

ぴくりと、男の瞳がわずかに揺れた。




   ***



どこぞへ行っていたのか、お人好しの笑みを浮かべる教師は、申し訳な下げに頭を下げ、自身も力になりたいと微笑んだ。灰色の髪を見ていると、ひどく年をとっているようにも見えるが、若々しい。
背筋は整っているのに、片手で杖をついている。彼は語った。元は軍の人間であったと。そうして命を落とす間際に刃を入れられ、機械兵士として生きた。

まあ、色々あるよね、と呟いていたアルバの隣では、きらきらと瞳を輝かせたグランバルドが、セクターの周りを嬉しげに回っている。「おい、グランバルド、店の床踏み抜くなよ……?」「仲間! ライ、機械兵士、仲間! 男ノ子、ズット、ぐらんダケダッタカラ、嬉シイ!」 それはなんとも。

曖昧に笑うセクターを見つめながら、は思い出した。(あの子は、少々変わっているからのう。そっちの方が、いいのかもしれん) 白い髭に手を当てて、ゲックはわずかに口元をあげていた。そうして、街の片隅へと消えていった。はただ、彼の背中を見つめた。宿屋に帰れば、ごきげんにしっぽを振るミルリーフがいて、わずかに息を吐き出した。

     あの機械兵士を破壊させて頂きます

「冗談、ですからね」
「……ン?」

なんのこと? と首を傾げるグランに、いいえ、と答えた。でも、「よくなかったな……」 自分の言葉に、ひどく後悔した。
、オナカ、減ッテル? おいる飲ム?」
「お、お気持ちだけで……」
「あるば! 、元気ナイ!」

ゴ飯食ベナキャ! と両腕をぶんぶん振り回すグランに、待ってください、とは慌てて片手を出した。どうかしたのかと駆けるアルバを見ると、恥ずかしくなった。大丈夫大丈夫、と言うグランバルドに、なにが大丈夫なのかと眉がハの字になる。アルバがいれば、は大丈夫。小さな子どもみたいな声で、そう叫ばれて、一瞬静かになったかと思えば、弾けるように笑いがおこった。「な、なんなんだよ、一体」「わ、私にもよく」 お互い真っ赤になっている。目を合わせた。そしたらもっと真っ赤になって、なんとなく顔を逸らしてしまった。


ひたひた、と足音がしている。
暖かな音だと、そうは勝手に勘違いをしていた。問題ない。そう鳥に報告する。なんの問題もないのだから、さっさと帝国に帰っておくれ、そう言伝を繰り返した。

それだけで済むと思っていた。彼女は間違っていた。
なにも、分かってはいなかったのだ。



ひたひたと足音がする。冷たい雪が、街を覆う音だ。






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2015/09/23