大家と店子と発掘品
大家さんは禁止! 洗濯物を触ることは絶対に禁止!
そんな風に眼前へとばってんをつくり、くわっと睨むイケメン金髪にしぶしぶと引き下がり、確かにちょっと馴れ馴れしかった気がするなぁ、とシンクくんにもらせば、「いや違うだろ」と怒られた。
「ようはトランクスがはずいんでしょ」
「ボクサーだったらよかったの?」
「お前ほろびろ」
どっぷりと日の暮れた夕方に、ガイさんとシンクくんと、私の三人で黙々とご飯を頂いていた。ちなみにハンバーグだったのだけれど、「こんなの子どもっぽいの最悪勘弁してよ」とかシンクくんがぶつくさという反面、お箸の進むスピードが速いので、こっそりとつけたしを入れておいた。複雑なお年頃に違いない。
大きなテーブルに三人だけで座るのは、なんだかさみしい。置いたままにしてある焦げ茶の座布団が、またまた侘しさを倍増させる。ハンバーグうめぇ。
会話のない食卓にカチャカチャと食器がぶつかる音が響いた。ガイさんがどこか居づらそうに頭を揺らし、何か話題でも、と考えて「ガイさんボクサー」「ん?」「……や、うん、や」言いかけた言葉は呑み込んでおこう。流石にこの話題で広げる勇気と自信はない。
一瞬だけ拾った会話に続くように、ガイさんは無理に明るいような声で、さみしい食卓を彩らせた。「そ、そういえば」「いえば?」 こくん、と私は首を傾げる。シンクくんは黙々と食してる。
「シンク以外の店子っていないのか?」
「気易く呼び捨てにするな」
まったく違う会話で切り伏せられた。
コップを握り締めて視線を落としたガイさんは見るからにしょんぼりしていて、こらシンクくん! と声をかければ、彼はどこ吹く風のようにふんふんとご機嫌だ。
私はうーん、と唸りながら、「いえいえ」と首を振る。
「まだ何人かいるんですけれどね、今はちょっと出張中だったり、あんまり帰ってこない方だった、り……?」
「管理人さん?」
何でだろうか? 喉の奥で、まるで魚の骨がつまったかのように、気持ちが悪い。何かを忘れているような、忘れていないような。
うーん、と水滴がしたるコップをきゅきゅきゅ、と人差し指で遊んだあと、首を傾ける。うん? 1、2、3、4。頭の中で、ゆっくりと店子の人数を数えていって…………「あれ」
立ち上がった。やべぇ、とたらたら背筋に汗がたれる。やべぇ。これやべぇ。同じくはっと気付いたような表情をしたシンクくんは、私と視線を少しだけ合わせ、お互いうんと頷いた。ガイさんだけきょとんとしたような表情をして、食事中にいきなりつったった私たち二人に、どうしたんだ、となんとなく自分も腰を上げる。
そして、駆けた。
「か、管理人さん!?」
慌てたようなガイさんの声が遠く、それでも私は足を動かす。だかだかだか。後ろにはシンクくんがついてきていて、上った二階の一番端の襖の部屋の前で、素足でブレーキをかけるように板張りの床をきゅきゅきゅと滑る。
「生きていますか!」 叫んだ。そして、何故だかこの部屋だけたてつけの悪い襖を両手でガタガタと揺らしながら横へと滑らせる。
「生きてますか、ディストさあああん!!」
ガラーン!
ようやっと開いた襖が端っこにぶつかる音が聞こえ、真っ暗な部屋の中は異臭が漂い、「うっわぁ」とシンクくんは呟き小さな鼻をきゅっと押さえ、その隣では私に近づくことができないのか遠い位置で漏れ出る異臭にシンクくんと同じく、「うおお」と鼻をつまむ金髪。
「ディ、ディストさああん……!」
一歩。一歩踏み出そうとしたとき、乱雑につまれたものの影から、一本の長い棒が伸びた。その棒は真ん中あたりでぽきっと折れ、生々しく真っ白だ。棒なんかじゃない、違う。あんまりにも、細すぎたものだから気付かなかったけれども、違う。これは、
腕だ。
「……さん……」
からっからの声で、もともと半分泣き声のような彼は本気で泣いていた。腕と一緒ににゅるにゅると生える彼はしくしくと涙腺を緩ませて、ただでさえ細かった頬はまたげっそりこけ、畳へとぽろぽろ涙をこぼす。
「ご、ごめんなさいディストさん、研究のため三か月は絶対に入らないで下さいとかいって自分で襖まで固定しちゃってたものだから、その、」
「固定は、固定はもうはずしていたのです、けれども、外に出る体力が、私には……! 死ぬかと、今度こそ死ぬかと思いました……!」
「自分で閉じこもっといて何いってんだこのオッサン」
「シンクくんホントのことでも言っちゃだめ!」
「うう、うう、冷たい、冷たいいいいいい」
泣いてる。しくしく紫色のおかっぱ頭を揺らしながら彼は思いっきり泣いている。そんな様子を、ガイさんはなんとも言えないような、あえていえば、なんなのこいつ? って表情でディストさんを見つめていた。
そんな様子をなんとなく察知して、ディストさんです。と両手をさっとディストさんに向けると、「え、あ、そうなのか」と咬みきれないような口調で、彼は口元をひきつらせた。
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1000のお題 【609 非常識という名の常識】
20090728