大家と店子の悩み事
ガイ・セシル
21歳。一応大学3年生。現在。なんか店子。
「あー…………」
大きなため息が出た。別に出されたレポートで詰まっている訳じゃない。寧ろ、どうやって短くまとめるべきなのかと頭を悩ませるぐらいだ。「あー…………」 また出た。キーボードに指だけ置いて、カクリと首を落とす。そして今度は後ろへごろり。畳の感覚が、頬をじょりじょりとなでた。
(こんなつもりじゃ、なかったのに……)
俺はたかだか数週間前のことを思い出した。不動産屋に通い詰めた日々。住人は男か、管理人も男か。口を渋る不動産屋に、無理を承知で何度も確認した。ここがやっとのことで見つけた出した、男だけの、男オンリーの新天地となるはずだったのだ。管理人さんには申し訳ないが、心底ガッカリした。まさかの計算外だった。ちょっとした詐欺じゃないか。けれども焦るばかりの自分は、下見でもすればよかったのに、大丈夫だと勝手に理由づけてやってきたのだ。やっぱり俺が悪い。
やっぱりやめさせてもらえませんか。ふと、そんなセリフを思いついた。いいや、一番最初にある程度払ってしまっているのだから、そんなにほいほい変えられない。そもそも、次に住む場所すらも決まっていない。「あー…………」
本日三回目のため息に、俺は窓の外へと顔を出した。管理人さんが、女じゃなければ完璧なのに。それさえなければ完璧なのに。ほのぼのした、ここの空気は、案外好きかもしれない。家賃だって安い。住み心地がいい。
「ご飯だっておいしいし」
口の中にオムライスを詰め込みながら、じろりとシンクがこちらを見た。ふごふご口いっぱいにスプーンをつっこんで、がしがしと咀嚼し、「あんた何言ってんの」 相変わらずコールド。
「いや」と俺は首をふり、もう一口入れてみた。おいしい。うちはオムライスやらハンバーグやらとお子様メニューが多い気がするのは、気のせいだろうか。「シンクくん、明日は何がいいー?」「シチューなら食べてやらないこともない」「はいはい決定ー」 気の所為じゃなかった。
(っていうか管理人さん、俺にはメニューなんて訊いてくれたことないのに) いや、拗ねてる訳じゃないけど。
隣ではディスト、というらしい、顔色の悪い、まるで研究者然とした男が、無言で粥をすすっている。胃がビックリするからだめですよ。なんて管理人さんにたしなめられていた。彼がギギギギギ、と歯をかみしめている表情を見ると、なんとも言えない気持ちになる。そんなにオムライス食べたかったのか。俺なんかが食べてて申し訳ない。
突っ込みどころは多いが、なんだかんだといって、気のいい人間なのだろう、と彼らを見て判断した。それなのに、女は嫌だとうだうだ言っている自分が、なんだか恥ずかしくなる。俺だって、女性が嫌だなんて嫌だ。つまり女性が大好きだ。こんな自分が情けない。なのに。
「管理人さんが、男だったらな……」
「い、いきなりなんですか!?」
オオウ!? とお茶を持ちながらこちらへと振り返る管理人さんに、「い、いやすまん!」 なんか間違えた!
シンクとディストの、ぬるい視線を感じながら、はは、と頭をひっかく。本当に。「男だったらいいのにな……」「二度言った!?」「い、いやすまん!」
俺は誤魔化すようにオムライスをかっこんで、「うまいうまい」とはは、と笑う。誤魔化したんじゃなくて、事実だ。卵がふわふわでおいしい。作る人間の差で、これほどまでに違うのか、と大学の学食を思い出しながら考えた。卵がへろへろかぴかぴなのだ。
我ながらさもしい昼事情を思い出しながら、銀のスプーンをくわえる。管理人さんが、不思議そうに、「おかわりですか?」と訊いてきた。俺がいいやいいや、と慌てると、「じゃあお茶ですか」とこちらへとお茶を差し出す。
俺は思わず後ろの畳へと逃げるように倒れ込み、そのとき手に持っていたスプーンはすっぽぬけ、ディストの脳天へと直撃した。「あぐっ」 そしてディストの持っていたコップの中身が跳ね跳び、シンクへと向かう。びしゃり。ひたひたひた。シンクの前髪から、液体がしたたる。
一瞬のうちの惨状に、俺は後ろへと倒れたまま見つめた。恐ろしく気まずかった。
「その……すま……ん……」
声がかすれる。一瞬の間のうち、唯一無事の管理人さんが、「まぁまぁ」なんて苦笑いをしていた。同じく苦笑いをすると、俺と管理人さんの間に、ぬっ、と立ちあがったシンクが、相変わらず前髪から水をしたたらせたまま、じっとこちらを見つめる。すまん、なんて言おうとしたとき、がっ、と視界が覆われた。「うぐっ!?」 鳩尾の上で、中学生が跳ねる。これはかなり辛い。「うぐっ」 跳ねる 「うぐぅ!?」 跳ねまくる。
「いやあああシンクくーん!?」
「し、シンクやめるのです、私はほら無事ですから!」
「なんで僕がお前のために怒ってるみたいな言い草なんだよ!?」
うぐっ、うぐっ、とカエルみたいな声を出して、ああ、食べたばっかりはきついよなぁ、っていうか俺真面目に色々考えてたのになぁ、気のいいヤツなんて言ったばっかなのになぁ……なんて泣きそうな気持ちになった。
とりあえず、もうしばらくいよう。そして次の新居を見つけよう。絶対に見つけよう。
ぐっ、と胸の内に決意ししつつ、ぎゃー、シンクくーん、ガイさーん、なんて声を聞いて、なんだかぽっくり死にそうな気分になった。
家の中に、大きな声がこだまする。
ぎゃー。
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一応書いておくと、ラブ前提の連載です。
2010.07.14
1000のお題 【645 詐欺だー!】