大家と店子とお買物




「あ、お米がない」




ある日の夕方。米袋の中身が心もとなくなっていることに気付いたのだ。申し訳ない、ということで晩御飯のメニューは急きょシチューに変更することになった。「今日はかつ丼って言ってたくせに……」と、シンクくんのこっちに聞かせるような独り言に胸を痛ませつつ、「ごめんごめん、お米がなくなっちゃっててね」とくるくるシチューのお鍋をかきまぜる。

今日も仲良くちゃぶ台にてちょんちょんちょん、と座った三人の前にお皿を置いて、手を合わせていただきます。数日前のご飯と同じメニューなことが申し訳ない。シンクくんがぶうたれているのはそこらへんの問題だ。

それでも気にせず眼鏡をくもらせつつ、ディストさんは、はふはふシチューを頂き、いやあおいしいなぁ、とガイさんはにこにこ笑っている。さて私も頂きましょうか……と、誤魔化そうとしたとき、シンクくんは逃がしはしないぞ、というようにギッと瞳を細めた。「かつ丼は、いつ」「…………お米を買うまで?」「いつ買うの」「ええっとー」

きょろきょろきょろーっと目が泳ぐ。

「その、私一人じゃちょっと苦しいかなぁ、と思いまして。そろそろ車持ちの人が帰ってくるし、それまで、かなぁ」
「なにそれ!? じゃあずっとシチューシチューシチューなわけ!? 栄養失調で死ねって言うんだ僕に! こいつらは別にどうでもいいけど!」
「シンクくんご飯のことになるとエキサイトするよね食べざかりだもんね」
「シンク、落ち着きなさい。何もシチュー以外も食べれるではありませんか。スパゲッティーとかうどんとか。そうめんとか」
「うるさいこのモヤシメガネ!」

そんなんばっか食ってるからひょろいんだよお前は! と人差し指をずびしと立てる中学生は中々の迫力である。ちなみにガイさんは巻き込まれないようにと、心もち机の端っこでこそこそ食べている。ガイさんガイさん、逃げないでください。

「お前大人だろ? と米の一つや二つ買ってこいよ」
「な、何を言うのですか! 私に! この貧弱なボディを持つこの私に行けというのですか! そんなの死んでしまうじゃないですか!」

スプーン片手に激しく胸をはりながら彼は湯気にくもる眼鏡をカッと光らせる。死んでしまうじゃないですか! 死んでしまうじゃないですか! しんでしまうじゃないですかー……
思わず脳内エコーがかかってしまうほどに堂々と力強く叫ばれた主張に、シンクくんは「うんまぁそうだね。死ぬね」と冷静な表情で頷いた。

ああ……死んでも行け! とシンクくんが怒りだすだろうなぁ、と私はお茶をコップの中にそそぎこんでいると、いつまでたっても彼のそんな台詞はやってこない。ディストさんを見てみれば彼もちょっと訝しげな目をしてシンクくんを見た。シンクくんは腕を組みながらじっと他へと目をやっている。そしてその主、金髪青目の青年は話題に入らぬようにと、大きな体を精一杯小さくしている。「おい、新入り」シンクくんが、妙に明るい声を出した。


「お前行ってこいよ。僕のかつ丼のためにさ」






「あの、ガイさん、シンクくんはああ言ってましたけど、そんな無理しなくてもいいんですよ?」
「い、いや、約束したからには、が、頑張るよ!」

ガイさんがぐいっと拳を握り肘を垂直に下ろした。ちなみに私とガイさんの距離、約3メートル。彼の膝はぷるぷる小刻みに震え、生まれたての小鹿のようだ。「あの、やっぱり」「いや、大丈夫だ!」



あの後、「いや俺は女性恐怖症だし、ここら辺の地理にもまだ疎いからスーパーまではちょっと」と精一杯いやいやをするガイさんに、シンクくんはディストさんの首根っこをひっぱりながら「あんたが行かないならこいつが行くことになるよ。死ぬよ。殺すの? 殺しちゃうんだ、ああ大人って最低だね!」と上からずんずんたたみかけるものだからいつの間にかガイさんは首を縦に振ることとなっていた。
ちなみに常にシンクくんに首根っこを掴まれていたディストさんはしくしく涙を流していた。憐れである。




「あの、じゃあ、行きますよー」
「お、おおー!」

三メートル後ろを振り返りつつ、進む。そしてまた振り返る。進む。振り返る。…………小学生の遠足か! 「ど、どうしたんだ管理人さん」「なんでもないです、ちょっと懐かしい気分になりました」「そうなのか?」

この前、一緒に家まで帰ったときも思ったけれど、隣に人がいないというのは中々に不安なのだ。てこてこ歩いていると、ちゃんと後ろについてきてくれるか不安になる。もちろん、本当の小学生じゃあるまいし、いきなりふっと消えてしまうことなんてある訳がないけれど、それでもそわそわしてしまう。
大丈夫だ、と思いつつ、私はまた振り返った。ガイさんが不思議そうな表情をしていたので、取りあえず苦笑いをしたまま、軽く手を振った。ガイさんも手を振り返した。

(このままお店かー……)
ちょっとやだなぁ

「あ、管理人さん」
「はい?」
「悪い、道の端っこに寄ってくれないか?」
「え、はい」

自転車でもきたかな、と思いつつ、道路とは反対側にそそくさと移動する。その間をひゅっと通ったのは自転車じゃなかった。必死の形相をしたガイさんは私の横を通り抜け、ぴったり三メートル前まで駆け抜ける。ガイさんが先頭。私二番目。これは一体なんだろう、と思いつつ、彼の背中を見つめていると、ガイさんがふいっと振り返り、「やっぱり俺が前に行くことにするよ」とほほ笑んだ。

私は思わずパチクリと瞬きをしてしまって頷いたものの、「でもガイさん、道、わかんないんですよね」「ん、ああ、そっか。管理人さん、指示をお願いします」「まかされました!」 


ガイさーん、そこ、右ですよー。おうわかったー! なんて、はたから見れば不思議な行動のような気がするけれど、ああそうっかー、と私はそのときなんとなくわかってしまった。
(ガイさん、優しいんだ)

時々彼はふっと振り返って、こっちにぱたぱた手を振ってくる。同じく私も降り返してなんだかぽかぽかしてくる気分だ。(なるほど。ガイさん、いい人なんだ)もちろん、わかってたことだけど。


「ガイさんガイさんー!」
「ん、なんだー!」
「今日の晩御飯はサービスしますよー!」

ええ? とガイさんは笑って、ああ、買い物に付き合ったからか? と笑っていたけれども、それもこれも、どれも含めて。
まだまだ知らない新人さん。ちょっとずつ分かってきた彼の人となりに、お母さんちょっとだけ、「ときめきそうですよー」「なんか言ったかー」「いいえなにもー!」




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2011.02.10
1000のお題【97 ブーイング】