大家と店子の番外編




「……へぇ、新しい人は大学生なのね」
「うん、そうだよ」

教授も中学生もいるけど、大学生は初めてだねぇ、と彼女、は笑っていた。そしてハッとするように鉛筆を動かし、「次の授業、苦手なんだよう」と涙目なままノートに向かう。そんな彼女を、私はぽんやりとして見ていたのだ。

「ノート、写させてあげようか?」
「ううーん、もうちょっと頑張る、ありがとうティア!」

彼女、は苦学生である。



高校生と大家という二足のわらじを履いて、毎日何やら大変そうだ。大家と言っても、本当に収入をいただいているわけではなく、あくまも放浪癖のある祖父の代理だということで、家の手伝いに近い。ご両親とは一緒に住んでいないらしい。というか、そこらへんの事情をあまり聞くべきではないと思っているので、ちょっとよくわからない。

そんな彼女が、ときどき「ガイさん」と言う言葉を口にするようになった。新しい店子だ。その「ガイさん」というのは、女の人が苦手らしく、毎日大変そうで、大学三年生で、レモンが苦手で、とっても真面目な人で、機械いじりが趣味で、がガイさんのパンツを届けると、二人正座で向かい合い、そういうことはどうかと思うととうとうと説教をされてしまったというのだ。

別にそのガイという人だけではなく、他の店子さんのことを彼女はよく語る。深いプライベートなことまでは話さず、一言二言の報告ばかりだけど、楽しそうだなぁ、と思う反面、まるでお母さんみたいだなぁ、と思ってしまう。


「うーん、今日の晩御飯は何にしようかなぁ、ティア」
「ご飯よりも、次の授業のことを考えた方がいいんじゃない?」

うう、とうなりながら、彼女はこてんと机に向かって沈没した。





放課後になった途端、お買いもののセールがあるから! とは鞄に教材をつっこんで、早々に消えてしまった。何やらさみしい気持ちになるものの、しょうがない。私はいつも通り、一人てくてくと帰宅することにしたのだ。

そう思い、廊下を歩いている最中、目の前に赤い髪の毛がふわっと舞った。あっ、と思ったとき、見慣れたクラスメートが窓からひょいっと体をのぞかせ、そのまま廊下に着地する。一瞬驚くものの、ここは一階である。ほっとした。

「ど、どこから入ってくるの!」

     ルークは一瞬バツの悪そうな顔をした。そして、「う、うるせーなー、こっちもジジョーってもんがあんだよ!」と、ぷっと頬を膨らませて、土足のまま駆け抜けていく。そのことに注意する暇もなく、二個目の影がひゅっと目の前に飛び込んだ。息を詰める間もない。そして声を上げたのは私ではなく、飛び込んできた男性の方だったのだ。「う、うわああああ!!!」


金髪の彼は、窓から飛び降り、へたっと廊下の上で腰を下ろした。そして激しく叫んだ。いったいなんなのか、とぎょっとした後、しばらく青年を見下ろし、そろそろ近づいてみると、「ぎゃああああ〜……」とまたまた情けない声を出して、お尻を廊下につけたまま、両手両足をしゃかしゃか動かし、彼はそのまま後ずさった。「ちょっと」「ち、近づかないでくれぇ!」「ちょっとあなた」「ああ、ルークが!」


ばたばた逃げ回った後、彼ははああー、と長い溜息を落とした。ルークはとっくの昔に消えてしまっている。この人は彼を追っかけていたらしが、どう見ても高校生の年齢とは思えない上に、保護者らしき外見でもない。じっと見下ろしていると、彼はビクリと肩を震わせた後、「ち、違うんだ。俺はルークの家庭教師で、あいつが逃げ回るもんだから、が、学校に迎えに来て……!」 そういってばたばた手を振る。

「だったら今、なんで逃げてるの?」
「そ、それは女性が苦手なんだ! お願いだ、もう少し、距離を、そう距離を……!」

彼がじりじりと背を壁に近づけていき、同じく私も反対側の壁に背を近づける。とうとう、廊下の横と横で、一番遠い距離になった瞬間、彼は勢いよく立ち上がった。そして、「すまない!」と頭を下げた後、「ルーク!」と叫んで駆け出そうとし、自身の靴が土足であることに気づいて急いで脱ぎ、それを両手で抱えて、「ルークー!」 言い直し。


ばたばたと消えていく彼の背中を見ながら、はあーっとつめていた息を吐き出した。そして、女性が苦手で、金髪でだなんて、どこかで聞いたような人間だなぁ、とルークが駆けた所為で、土にまみれた廊下を見ながらため息をついた。
ただの偶然かもしれない。変な人だったし。





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2011.07.31
1000のお題【442 土足で上がりこむ】