大家と店子と初対面
いつのまにやら、俺は買い出しの仕事を担うことになっていた。
朝、管理人さんからメモをもらい、大学帰りにスーパーに寄って、かごに詰め込む。まあ細々しいものは管理人さんの方で買い出しに行ってくれているが、女性が持つには酷であろう米やらなんやらは俺の仕事になっていた。
何故自分が? と思わないでもないが、シンクはさながら女王様のようにペッ、と唾を吐き出し、「義務教育も終わっていない子どもに過酷な労働を押し付けるとは最低だね」と吐き捨てていたし(吐き出した唾については管理人さんに怒られて自身で雑巾を取り出し処理していた)、あの未だによく分からない病的な顔をしたディストは、ただでさえ白い顔をまた白くさせて、「私がそんなことをしてしまっては、折れるではありませんか!」 …………何が?
まさか腕とか足とかそこらへんだろうか。取り敢えずカルシウムの摂取と日光に当たることをおすすめしたいと感じた。
まあとにかく、色々な理由も相まってこういうことになってしまったのだけれど、別に特に不満はない。いくら店子といえど、女性にこういう仕事を押し付けるのは性に合わないし、真面目に学業に専念していたおかげで、ほぼ単位は取り終えた。まだまだ終わりという訳ではないが、家庭教師のバイトにせよ、比較的自由はきく方だ。(ルークもなぁ……) 家庭教師の度に、勉強が嫌だと全力ダッシュをされては、一体なんのために教えているのかわからなくなる。
軽いため息をついた後、俺は片手に牛乳パックを数本抱えて帰宅した。主に成長期である中学生と、白い顔をした店子のためである。カラカラカラ、と扉を開けようとしたとき、ドアが開く音がした。一体どこから? と首を傾げて振り返ると、向かいの家だった。ドアの向こう側には、金髪の、キリリと鋭い瞳を持つ美人の女性がこちらを見つめている。見つめている。女性が。「お前、誰だ」「ひいっ!」 どさっ、と足元に牛乳パックを落とした。
「なんだ、人の顔を見て悲鳴を上げるとは。無礼な。見たところ宅配便にも、新聞屋にも見えないが?」
ずかずかずか、とこちらにやってくる女性を見て、俺は「ひいいいい!」と再び悲鳴を上げながら辺りを見回し、取り敢えずと逃げようとした。「何故逃げる。お前は誰だと訊いている」「ひええええー!」 けれども俊敏な動きで家の門まで近づき、入り口を塞ぐ彼女を通り抜けられる訳もなく、そうか家の中に逃げ込めばいいんだと気づいたとき、俺は焦るあまりにずるっと足を踏み外し、尻もちをついた。
「自分の名も言えんとは、怪しいやつめ!」
彼女は一体全体どこから取り出したのか、きらりと陽光を反射させながら、一丁の銃を右手に持ち
「えっ」 尻もちをついていた俺に、引き金を、ひいた
びゅーっ
頭からぶっかけられた水で、髪にぼたぼたと雫を垂らしながら、彼女が持つ、プラスチックの輝きが眩しい銃を見つめる。「あの、ちょ、それは」「弟のお古だが」「だからってなんで水鉄砲!?」「お前がひどく怪しいんでな」
いや、全然あやしくないし。
「お、俺はここの住人で……!」
「嘘をつけ、お前みたいなやつ見たことがない。怪しくないというのなら、何故逃げる!」
「女性恐怖症で!」
「そんな女好きな顔そうな顔をして何を言う!」
「確かに女の子は好きだが! ひどい偏見だ!!」
「逃げるな待て!!」
俺は彼女から逃げるように庭へと逃げ込み、ひたすら「アーッ!!」と、背中に水鉄砲の噴射を浴びながら、ぐるぐると駆けまわり、逃げ続けた。帰ってきた管理人さんが、ぎゃー!! と悲鳴を上げるまで、逃げ続けた。
「ちょ、リグレットさああああん! 何してるんですかー!!」
どうやら彼女の名前はリグレットと言うらしく、長くこの家の向かいに住んでおり、彼女の弟はすでに独り立ちしているらしい。
主に中学生と、大の大人というか、半分くらいの大人のパワーを持つディストと、女性である管理人さんしかいないこの家のことを心配してくれているのだと、後々管理人さんから教えてもらった。
それならまあ、しょうがないというか、逃げた俺が悪いのかなぁ、となんとも苦い気持ちになったのだが、なんだかひどく貴重な体験をしたような気がする。ビチョビチョになった服を洗濯機に放り込んだ。
ちなみに後で二階からその様を眺めていたというシンクが、「まるでト○とジェリーみたいで面白かった」とか言う感想を晩飯時にこぼしたのだが、見ていたんなら助けてくれよと、とても理不尽な気持ちになりながら、お茶を飲み込んだ。苦い。
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2011.10.31
1000のお題【176 リーサルウェポン】