大家と店子と機械物
「じぇ、ジェイドは出ていったのですか!?」
からーん、と手元から奇妙な機械を落として真っ青な顔になるディストを見て、お昼のニュースをチェックしながら私は頷いた。「はい。一時間ほど前に。ね、ガイさん」「ん? うん」「な、ななな、何故なのですかー!!」 うおおおお、とむせび泣くディストさんを見て、ガイさんは新聞紙を広げながら、不思議そうに首を傾げた。気持ちは分からないでもない。ディストさんとジェイドさんの関係は、付き合いの長いはずである自分でさえ、よくよく分からないところがあるのだ。
幼なじみである二人は、仲がいいというか、悪いというか、いじめられっ子といじめっ子というか。ディストさんは毎回ジェイドさんにいじめられるのだけれど、それでもディストさんは自分からジィドさんに寄っていく。いじめられると、涙目になるのに、無視をされると寂しいらしい。分かるような、分からないような、ちょっと不思議な関係だ。
そしてディストさんと言えば、「何故私に一言も断りもなくぅううう」 と両手を顔につけてぶんぶんと頭を振っていた。何度も見慣れているとはいえ、その姿はどこぞの生霊のようで、ぶっちゃけちょっと怖かった。
「お前のその反応がうざいからだろ……っていうか朝に起きてこないお前が悪いだろ。不健康そうな顔してほんとに不健康なんだからさ」
「う、うう、うううっ!」
本日もシンクくんの毒舌は快調である。
中学生に言いくるめられ、しょぼんと頭をたらしたディストさんは、「ち、違うのです! 何も理由もなくこのような時間に起きたのではないのです……!」「チャンネル変えて」「シンクくん、会話のキャッチボールができてない」 敢えて言うなら会話のドッチボールである。
見事に会話を避けられたディストさんは、しょんぼりしながら足元に落とした機械をさっと取り出して、「じゃじゃーん!!」と一人効果音をつけた。シンクくんはその姿を見てすらいなかった。けれどもガイさんが「おお?」と目をきらめかせたものだから、ディストさんはほんの少し満足気に鼻をふくらませながら、「ジェイドを今度こそぎゃふんと言わせるために、ここしばらく徹夜で作り続けていたのです、その名もッ……!」
「カイザーディスト、SMッ!!!」
力の限り息を溜め込んで、勢い良く吐き出された言葉に、私とシンクくんとガイさんは、ぽかんとして彼が持つ、おもちゃのロボットを見つめた。「え、えすえむ……女王様の、アレですか?」「いや、管理人さん、スーパーマゾの略かも」「馬鹿だねアンタたち、すばらしくマゾの略だろ」「スーパーマシンの略ですッ!!! なんですべてそっち系なのですか!!!」
まったくもう! とぷーっ、とディストさんはほっぺたを膨らませて、「このカイザーディストSMの性能を見て、度肝を抜くと良いのです」「あの、ディストさん、ほんと余計なお世話なんですけど、その、名前は変えた方がいいんじゃ……」 聞いててドキドキする。あんまり大声で叫んでいい単語じゃない。
ディストさんはちゃちゃっとメガネのツルに手をかけて、「うむ? そうですか? それならば名称の変更も視野に入れましょう。
さて」
きらり、とメガネを光らせ、そのカイザーディスト怪しい名前のロボットを、ちょこんと畳の上に置いた。二本足の、ちょこっと短足気味のロボットが、くるりと黒い瞳でこちらを見上げている。「
スイッチ、オンッ!!」 ぽちっとな。
ディストさんが、手元の丸いボタンを押した瞬間、うぃいいいん、という電子音を立てながら、ロボットは顔を上げた。そしてがしゃん、がしゃん、と両足で歩き、ゆっくりとちゃぶ台に近づいていく。「お、おおおおっ」 ガイさんが嬉しそうに両手をバタバタさせていた。ガイさん、こういうのが好きなのかなぁ、と横目で見つつ、カイザーディストに目を向けた。「ぽちっとな!」 もう一回、ディストさんがボタンを押すと、ぱかっとロボットの口が開いた、そして、
『ぼくのなまえはでぃすとだよぉ〜バラがにあう、すてきなだんでぃ〜だよぉ〜』
「「「…………」」」
「さあっ! いかがですっ!!」
ロボットの口から、電子音が響き続ける。『でぃすとだよぉ〜』 いや、いかがって。「他に、何かできないのか?」『でぃすとだよぉ〜』「この素晴らしき美声! もちろん、私が手ずから音声を入れさせて頂きました!」『でぃすとだよぉ〜』「そ、そうかい……」『でぃすとだよぉ〜』
こまめに入る名前の主張が、なんとも奇妙な気分になる。
ふと、シンクくんが立ち上がった。私はハッとして、彼の足元をガシッとつかんだ。「はなせ! !」「シンクくん! だめ!! お茶はだめぇ!!」 ひたひたになっちゃう!
一体何をしているんだというガイさんの視線の向こう側では、カイザーディストを守るべく、ぶるぶる震えながら抱きしめる生みの親の胸元で、『でぃすとだよぉ〜』とちょっとお間抜けな電子音が響いた。
***
「さっさとその不快な気分になる機械をしまえ!」と言うシンクの命令の元、ディストはしょぼしょぼとロボを胸に階段を上がっていった。いや、俺にとっては中々に面白かったのだが、どうにも一般受はしなかったらしい。不愉快になったから部屋に戻る、という捨て台詞をシンクが残して、居間には俺と管理人さんだけだ。(なんだか、気まずいな……) 多分、それは俺側の一方的な気まずさだ。
ジェイドの旦那め、と恨めしい気持ちを持っても仕方ない。そんな気まずさをごまかすように、バサバサと新聞をめくってみても、頭の中に文字は入らず、奇妙に気持ちが焦ってきた。「か、管理人さん」「はい?」
だからだろうか。
思わず声をかけてしまった。管理人さんはお昼のニュースから顔を動かし、きょとんと首を傾げた。俺も彼女と反対方向に首を傾げて、へらっと笑った。あっちも笑い返してくれたものの、何をしているんだ、と自分自身に呆れ返って、話すネタを思いつくまでの時間稼ぎのように、新聞を閉じて、彼女に向かい合った。
「なんですか? ガイさん」
しまった。
自身がそんな風に体勢を変えてしまったものだから、彼女は神妙な話かと思ったのだろう。幾分か顔を引き締めて、体の向きと座りを正して、彼女はじっと俺を見つめた。「あ、いや」 別に、沈黙に耐えかねて名前を呼んだだけで。なんて言えない。「えー、と、その」「はい」「ジェイドが」「はい?」「ジェイドが、出て行ってしまったけど、寂しくはないのかい?」 おいおい。
思わず出てきた話題がそれだった。
管理人さんは、ちょっとだけ拍子抜けしたような顔をした。当たり前だ。俺だって、この人は何を言っているんだろう、と思うに違いない。「いや、いやいや」 何でもないから、と片手を出そうとしたとき、彼女は「うーん」 と唸りながら両腕を組んだ。「寂しくは、ないですねぇ」「うん?」
聞こえた答えが意外だったものだから、俺は思わず瞬きをした。寂しいですよ、そんな風に彼女は言うだろうと、心の底では考えていたのだ。「ガイさん達がいますから、寂しくないです」 にこーっと、笑いながら言われた言葉に、(う、うおっ) どきっとした。
(いやいやいや、ガイさん“達”だから)
シンクとか、ディストとか。
「そ、そうかい。それなら嬉しいよ」と、返事を返しながら、何度か馬鹿みたいな照れ笑いを繰り返した。どくどくどくっ、と音が聞こえる。管理人さんは、さんは不思議そうな顔をして俺を見た。それがまた恥ずかしくなって、苦笑いをした。
(お、俺は馬鹿か)
何を喜んでるんだよ、と死ぬほど恥ずかしくなった。
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2011.11.10
1000のお題【196 理解されにくい悲劇の主人公】