大家と店子がお勉強


テストが近い。

「う、うう……」

テストが、近い。







「本当に……すみません……」
「いやいや、いつも弁当を作ってくれるお礼だと思えば」

うう、と私は情けなく頭を垂らした。隣、と言うか、随分離れた隣で椅子に座るガイさんがニコニコ笑っている。大家なんだから、店子に勉強を教わるだなんて、と格好をつけていたくせに駄目だった。リビングで問題集を広げて、ウーン、ウーン、と唸っている姿をガイさんに発見され、あれよあれよとガイさんが勉強を教えてくれることになったのだ。

せっかくなのでと自室に移動すると、妙にガイさんはソワソワしていた。まあいいか、と問題集を広げて、遠くに座るガイさんに、「……ガイさーん」「え、あ、そうだなー、どうしようかなー」 

根本的に距離が遠いのだ。「えーっと、なんだったかな、範囲はベクトルだよな?」「はい」 なんで知ってるんだろう、とガイさんを見つめると、「ちょうど、こっちも復習中なんだよな」、と苦笑した。

(そっか、家庭教師のバイトをしてるんだっけ)
だったら納得だ。丁度あっちで教えている子も、同じ勉強をしているんだろう。

「まあ取り敢えず、分からない問題があれば、投げてよこしてくれれば」

投げてって、文字通りだろうか。部屋で飛び交うノートを想像してみた。シュールだった。「な、なんだかすみません……」「いやいや、こっちが言い出したことだしなぁ」 最初と同じ会話を繰り返して、私はカリカリ、とシャーペンを動かした。後ろで誰かが見ていると思うと、ものすごく緊張する。でもまあ、気が抜けないと思えば、反対にいい緊張感になるのかもしれない。

頑張って頭を捻ってみても、わかりませんとなると、(さすがに投げてはどうかと思ったので)床に問題集とノートを滑らせて、ガイさんがノートにカリカリ赤ペンを入れて、同じくパスする。時々うっかり私が近づき過ぎてしまうと、ガイさんは椅子を勢い良く転がして、「うぎゃー!!!」と叫んで部屋の壁にぶつかって「うぐっ」と潰れたような声を出した。申し訳なかった。
なんだか変な勉強方法だったけれど、お互い中々に効率よく進ませて、「終わりましたー!」 私はパパッと両手を上げた。後ろでガイさんが、パチパチと拍手している。

「お疲れさま」
「ガイさんこそ、ありがとうございました!」

ぺこ、と頭を下げると、彼はニコニコ笑って、「どういたしまして」 私は時計を確認して、そそくさと問題集を片付けた。いけない。そろそろご飯の準備をする時間だ。ガイさんはおっと、と言いながら、部屋の端に移動した。そしてまたちらりと部屋の中を確認して、私と目が合うと、両手をアワアワさせた。「あ、いや、他意がある訳じゃなくてな」「はあ……」

何を言いたいんだろうなぁ、と生返事をすると、ガイさんは困ったように頭をひっかいた。そして、まるで決心したように、ゴクッと唾を飲み込む。「あの、管理人さん」「はい?」「そのー、あんまりよくないと思うぞ」「な、何がでしょうか」 日頃からもっと勉強しとこうとかソレ系の話題だろうか!

私は思わず身構えた。けれどもガイさんは、どこか言いづらそうに、渋い顔をしたまま、む、っと唇を噛み締めた。「俺も思わず流されてしまったけれど、自室というのは、やっぱりよくないと思うんだ」「はあ……」 私がとぼけたような声を出すと、わかってないな、と言うように、ガイさんはクイッと片眉を上げる。珍しい表情だなあ、と相変わらずぼんやり首をかしげた。ガイさんは、耐え切れないように声を出した。
     管理人さん。勉強は自室じゃなくて、居間ですべきだろう」「普通は、反対なんじゃないですか……?」

自分の机で勉強しましょう、と言われたことはあっても、その反対は聞いたことがない。だから、とガイさんは唇を尖らせた。「俺がいるときのことだよ、わかってるのかい? 俺は男で、管理人さんは女で、ここは密室の空間であって」「……はあ……」

こら、俺は本気で言ってるんだぞ、と彼はムッとしているらしい。「管理人さんには、ちょっと危機感が足りないみたいだな!」 そう言って、ガイさんは腰に両手を置いて、むんっと胸をはる。「危機感と言われましても……」 ううーん、と私はコメカミに指をのっけた。言ってもいいのだろうか。返事をしちゃっても構わないのか。ちょっとの間考えた後、私はガイさんに呟いた。「ガイさん、女性恐怖症じゃないですか」 
私がガイさんを警戒しろっていうか、ガイさんが私を警戒しろっていうか。

そう私が言うと、ガイさんは暫くの間、固まった。そしたら唐突にボフッと顔を赤くさせて、「あ、そ、そうだよなぁ、俺が、何かできる訳なんてないよなぁ」ととぼけたような声を出しながら、「はは」と誤魔化したように赤い顔のまま笑った。そしてそそくさと背中を見せて、振り返った。もう一回、はは、と笑った。そのまま彼は逃げ帰るようにドアを開けて、だかだか走って消えて行く。なんなんだろう。私はドアから顔を出して、逃げた彼の背中を見つめた。「…………なんか、調子が悪いのかなぁ」 自分で恐怖症のことを忘れちゃうだなんて、変なこともあるもんだ。





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2012.01.13
1000のお題【952 よくできました】