大家と店子と初認識
(女の子って、どうすれば喜ぶんだろうか)
ぼんやりと、そんなことを考えた。(…………やっぱり、こう、プレゼントとか?) 一般的すぎるだろうか。というか、「えっ、ガイさん唐突になんなんですか!?」と、驚かれるだろうか。まあそれならまだしも、訝しげな顔というか、不審な表情をされてしまったらどうしよう、と嫌なことを考えた。「唐突にこの人なんなの?」とか思われたらどうしよう。いや、管理人さんはそんなこと思わな……思わな……思わな……
「いや、普段のお礼だし」
俺はパタパタと一人言い訳をするように手のひらを振った。そうなのだ。毎回毎回、シンクのついでだからという言葉に甘えてお弁当を作ってもらっている。ついで、とは言っているものの、一人分増えてしまうのだから、その分の手間があるに決まっている。つまり俺は、一方的に管理人さんの好意に甘えている状況な訳だ。
それじゃあ代わりに何かできませんかね、と彼女に声をかけても、「いやいや、勉強を教えてもらっただけで、ありがたくってたまらないですよ!」と彼女はパッと笑ったのだけれど、あんな近くに寄れない、近づけないという理由で、部屋の端で教科書をお互いにシュートし合い確認するなど、非効率この上ない。というか、反対に迷惑をかけてしまったのではないかと不安である。
という訳で、俺は延々と頭を悩ませていた。一体なにをすればいいのか。どうすればお返しになるんだろうか。何をすれば、喜んでくれるだろうか。
一瞬、にこっと笑う管理人さんを想像して、俺は眉をひそめながら、コツコツ、と忙しなく人差し指で机を叩いた。コツコツコツコツ。「あー……」と、ため息をついて、頭をぐしゃぐしゃにした。案外、自分は女の子と向き合っていなかったのだと気づいた。友人や知り合いはいても、この情けない体質の所為で、自分から向かっていくことは少ないような気がする。女性は好きなのに、なんてことだ。
とりあえず、花とか。と、考えてみたものの、恐縮されるかもしれない。けれども、下手に形の残るものにするのも難しい。人に何かを贈るとは、案外頭を使う作業だ。やっぱり送るからには、喜んでもらいたいと思うのはしょうがない。「何か欲しい物はないですか」なんて直接訊くことができればいいのだが、それはそれでなんだか違う気がする。
とりあえず、俺は腕を組みながらうーんと天井を見上げた。よっこらせ、と立ち上がって、戸を開いた。ギシギシ、と足音をならしながら廊下を通る。息を飲み込んだ。お目当ての扉を前にして、拳に力を入れた。コンコン。ノックする。そして、
「……………が欲しいもの? 僕が知る訳ないじゃん」
「ですよねー」
中学生を前に正座をしながら、「ですよねぇ」ともう一度繰り返し、俺は頭を垂らした。何をしているんだろう。「っていうか直接訊けよ。バカじゃないの」 いちいち正論である。
目の前で仁王立ちするシンクにハハ、とカラ笑いをして、よっこいせと立ち上がった。直接訊けるものなら、いちいち遠まわしに彼に尋ねになんて来ない。どう考えても無理っぽいなと思いながら、のこのこやってきて、そしてしょぼしょぼ退散する運命である。もう一人の店子はまともな返事が返ってきそうにないし、近所の家の美人さんには、水鉄砲をぶっかけられるのがオチだろうし。
「ちょっと待てよ」
「げふっ」
尻を蹴られた。「おい金髪」「一応、言っておくけど、俺の名前はガイ・セ」「おいレモン」 これ以上つっこむのはやめておいた。
「花とかやめてよね。正直見ててきもいし」 きもいときました。「っていうか、別になんでもいいだろ。めんどくさいやつだな」 きもいからやめてと言った口で、正反対のことを言いました。「ん、まあ、そうだな、ハハ」「何笑ってんの、変態くさいな」 さっきからこの中学生、切れ味がよすぎである。
まあそうか、と俺はポリポリ頭をひっかきながら、なんでもいいかと考えた。別に、ものでなくたっていいのだ。本当になんだっていい。ちょっとだけ思いついた。けれどもこれでいいものか、と考えて、ようは気持ちだよな、と自分自身を鼓舞しながら、開く玄関ドアの音に耳をすました。
「管理人さん、今日は俺がご飯を作っていいかな」
そういうと、管理人さんはきょとんとして俺を見た。俺は慌てて手のひらを振って、「あ、いや、管理人さんには、いつもお世話になってるし。その、一日くらい、代わりに料理をと」 あわあわするうちに、あれ、これで本当によかったんだろうか、と不安になった。管理人さんは、「いえ、それがお仕事ですし」と、困ったような顔をしている。そうかあ、と思わず言葉を合わせて、いいや、と首を振った。
「俺が管理人さんに作りたいんだ」
玄関先で、ぼんやり靴を脱いでいた管理人さんは、きょとんとした後、ぱっと顔を赤くした。そうした顔を見ていると、なんだか俺もぽふりと耳が熱くなって、何か自分は奇妙なことでも言ったろうかと不安になった。管理人さんは、暫く困ったように自分の手を見つめて、玄関の敷台に座ったまま、ちらりと俺を見上げて、「それじゃあ、頼んじゃっていいですかねえ」 嬉しそうに、はにかんだ。
瞬いて、彼女を見下ろした。
きゅっと片目を小さくさせて、「うん」と俺は頷いた。そしてそのまま台所に向かった。フライパンを探す。手伝いましょうか、という管理人さんの声に、大丈夫、と返事をした。奇妙に心臓が痛かった。
流し台に、ごつりと額を当てた。じわじわ、と額の熱が静かになる。けれどもどうにも困ってしまった。薄々、気づいてはいたのだ。(困ったな) きつく、まぶたを閉じた。
今更ながらに、俺は彼女のことが好きになってしまったのだと気づいた。
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2012/06/09
1000のお題【851 折にふれて君を思う】