大家と店子と赤ら顔





「いつもどおりすればいいだろ、めんどくさいな」

以上。シンクくんの言である。



(い、いつもどおりって、な、なんだっけ……?)
意味合い。いつもと同じように行動する。
「いや、それは、わかってるんだけど……」
それができたら苦労しない。私はぱたぱたと洗濯物を折りながら、色々と考えた。問題点、そのいち。ガイさんが好き。終了。「終了て!」 他に何かないんかー! と力の限りタオルをたたんで、ぼふっ、と折りたたまれた山へ叩きつける。あー、と畳の上に顔を押し付けるようにして寝っ転がった。一番の問題点はそこなのだ。

たとえば、ガイさんが女性恐怖症であること。きっとこれは、ひどく迷惑な感情だろう。たとえば、私が大家であること。そういうことは、しちゃいけないものだ。なんとなく、頭の中にそんなイメージが染み付いている。
ここはみんなの家で、けれども仮宿でもあって。いつかはみんな消えて、また新しい人がやってくる。それは当たり前のことで、さみしいとも思うけれど、必要以上に気持ちを悲しがらせてはいけない。おじいちゃんからこの家を預かるときに、そう約束した。
(守れてない……) もしかしたら、やっぱりこの気持ちは勘違いなんじゃないかな? と期待した。勘違いだ。そう思うと、少しだけ気持ちが楽になる。うんうん、と頷きながら、ごろんと体を表に向けた。     
ぼふっと顔が赤くなった。

この間、ガイさんにそう呼ばれてしまったことを、また思い出した。管理人さん、と呼ばれるのが、私は好きだ。まるでお母さん、と呼ばれているみたいな気持ちになって、ひどく嬉しい。けれども、(また、呼んでくれないかな……)
そしたら、きっと嬉しいのになあ。

ぎゅっとタオルを抱きしめて、ぼんやりと畳のへりを見つめた。コンコンコン。「管理人さん?」「あ、あ、う、はい! どうぞ!」 勢い良く飛び上がった。ガチャンと扉が開く音がして、ガイさんがひょっこりと顔を覗かせる。「悪い、もしかして、タイミングが悪かったかな」「いえ全然! 全然!」と思いっきりに首を振った。けれども床の上に洗濯物が散らばっている事実に気づいて、慌てて自分の体で隠した。

はは、と笑って誤魔化すと、ガイさんは少しだけ不思議そうな顔をして、「あのさ、管理人さん。電話を借りてもいいかな。ちょっと実家に連絡をしたいんだが」 玄関に設置された古い黒電話のことだろう。私は慌てて頷いた。「どうぞどうぞ! あ、あの、べつに許可とか全然いらないんで、気にしないでください」 そうかい、ありがとう。とガイさんはにかっと笑った。また顔が赤面しそうになった。パタン、とゆっくり閉められたドアの向こう側に目をやって、ああああ、と崩れ落ちた。

(……やっぱり“管理人さん”だった)
そんなことを考えて、いやいや、と首を振る。(私、何したいんだろ) なんだかものすごい罪悪感だ。ぎゅっ、と唇をかんで、ごそ、と顔を上げる。いつもどおり、いつもどおり、いつもどおりに。



とかなんとか思っているはずなのに、案外それは難しい。

「今日のご飯は炊き込みご飯ですー!」
「おおー! いいなあいいなあ。おいしそうだ」

にか、と笑ってテーブルに座るガイさんを見て、えへへ、と勝手に顔が緩んでしまった。そうした後で、いけないいけない、と首を振る。私は大家で、お母さんで、お母さんはみんなに平等にならなきゃいけない。(が、ガイさんだけ優遇するだなんて) そんなつもりはまったくないけど、言語道断。アウトアウト。激しくアウト。

びょうどうに、びょうどうに、びょうどうに。無意識のガイさんへの優遇なしで。ナッシング!
もりもりもり、とご飯をついでいく。「はいどうぞ!」 トーンッと音をたてて、ディストさんとガイさんと、シンクくんの前におわんを置く。ブボッとディストさんが吹き出した。

「か、管理人さん、これは……」

俺、何かした? と微妙に震える声の先を見つめて、「あれ」と首をかしげた。妙に少ないガイさんの分を上乗せするように、ディストさんのおわんにつまれた炊きたてご飯が、こんもりお山を作っている。「これは、あ、新たなる、試練……」 お箸を握りしめて微妙にビビりながら後ずさるディストさんに、「あ、すみません間違えました。ナッシンナッシン」 やり直し。平等に、ガイさんを優遇せず、と意識をしすぎたあまりに、極端なことになってしまった。
失敗失敗、と頭を回転させて、もう一度出し直すと、ガイさんはニコッと笑って、「それじゃあ頂きます」 うぐっ、となった。

「お、おそまつ、さまです……ごちそうさまです……」
「え? 何が?」

俺まだ食べてないんだけど。とおわんを持ち上げながら困惑気な顔をするガイさんに、また赤面した。「…………管理人さん?」「なんでもありません!」 シンクくんからの冷たい視線が辛い。
私はそそくさと台所にひっこんで、自分の分の食事を装った。あー、と溜息をつく。こんなんじゃダメだ。全然ダメだ。




(…………だめだめだー)

お料理を作るのは楽しい。
本を見て何を作ろう、と考えるのが好き。新しい調理器具をお店で見ると、なんだかものすごくワクワクする。粉に水と熱湯を混ぜて、ぐりぐりと混ぜる。もうちょっとかなを繰り返して、ふいー、と汗を拭った。そうした後で、はあ、と勝手にため息をついてしまって、自身の不甲斐なさが悲しくなった。

「あああううう、もおおお」

むしゃくしゃする気持ちをぶち当てるように、お菓子制作に励んだ。いつもどおり、つまりはなんとも思っていなかったときに戻ればいいわけなのだけれど、そんなことができるならとっくにしている。キーッ、キーッ、と地団駄を踏みながらくるくると手の中で小さな丸を作って、お皿の中にそれを落っことしていく。「お、管理人さん、何作ってるんだ?」 とんとんとん、と床を叩く足音と共にやってきたガイさんに、私はギギギ、と重っ苦しい動きで振り向いた。嬉しいけど、こんにゃろうという気持ちになる。

「お団子です。みたらし団子を食べたくなって」
「ああ。こないだディストが三時のおやつがどうとか喚いてたしなあ」
「……ガイさんと、シンクくんの分もありますよ」
「本当かい? 楽しみだなあ」

そう言って、ガイさんは台所の端っこに置かれたテーブル椅子に腰をおいて、じいっとこっちを見つめた。なんでそこに座るー! と叫びたいけど叫べない。どこかにこにこ顔のガイさんと暫くの間目を合わせて、「管理人さん、いいのかい、お団子」「あ。だめですだめです」 乾いてしまわないうちにお団子を丸めないといけない。慌ててくるくると手のひらを動かした。ころころ、とどんどんお団子が出来上がる。

別に何の会話があるわけでもなかった。多分ガイさんは、じいっと私の背中を見つめていて、私はころころお団子を作る。どんどんどん、と最初は大きくなってばかりいた心臓が、少しずつ静かになって、心の中が落ち着いていく。(……あ) 大丈夫だ。
なんとなく、そう思った。
大丈夫だ。

料理を作るときみたいに、ゆったりとしたらい。そうしたら、きっとだいじょうぶ。だいたい、私はガイさんとどうしたいとか、付き合いたいとか、そんな気持ちがあるわけじゃない。変に気張る必要はないし、そもそも、いくつも年が上である彼が、こっちを相手するわけもない。
そう思ったら、一気に気持ちが楽になって、コンロのつまみをくいっと回した後、つくったみたらしのタレを指でなめた。おいしい。

「もうちょっとですから、待ってくださいね」
「うん」
エプロンで手のひらの水をぬぐいながら彼の横に座ろうとして、おっとっと、と正面に座り直した。大丈夫。いつもと同じに、ゆっくりとお話できる。「あ、ガイさん、甘いの大丈夫でしたか?」「ああ、大丈夫だよ。それに管理人さんが作ったものなら、なんでも食べるさ」 くすっと笑った。「また変なこと言って」

エプロンの紐を外して、椅子にかけた。カタカタカタ、と鍋の蓋が揺れる音がきこえる。「変じゃないさ。俺は管理人さんの料理が好きだし」 それに、作ってる姿も好きだな。とガイさんは静かに付け足した。
私はパチ、と目を見開いて、少しだけ困ってしまった。「それ、別の意味にとっちゃいそうな台詞です」 勘違いしちゃうじゃないですか、と苦笑したら、ガイさんはテーブルに肘打ちした手のひらから、ひょいと顔を上げた。数秒経ったのち、今更ながらに私の言葉の意味に気づいたと言う風に耳を少しだけ赤くして、ちらりと視線を移動させた。すこしだけ気まずい。

いつも通りに、そう思ったくせに、失敗したな、と思った。でも、本当にいつも通りなら、きっとこんな空気になっても、全然気にしない。大丈夫、と膝の上のスカートを握った。カタカタカタ、と音が聞こえる。ほんの少しの間の後、私は立ち上がった。カチン、とコンロの火を消して、団子を取り出す。「そりゃあ、そういう意味だからな」「はい?」 ガイさんの言葉に振り向いた。「俺は、君を、そういう意味で、好きだけど」

ぱちり、とガイさんと視線がかみ合った。私はぱちぱち、と幾度か瞬きした後、「え?」 首をかしげた。そうした後に妙に首元が熱くなって、ぶわ、と全身から汗が吹き出した。「え、あ、え」 がたがた、と流し台にもたれて、その意味を考えた。「えーっと、管理人さん?」「あ、えっと、その」

     そもそも、いくつも年が上である彼が、こっちを相手するわけもない。

ほんの少しの台詞を思い出した。
「ガイさんの、ばか!」
「えっ!?」


ガイさんのばかー!!! ともう一回捨て台詞を叫んで、どたどた大きな足音を出しながら、私は部屋の中に逃げ帰った。寒くもないのにすっぽりと布団を頭からかぶって、勝手にカッカしてくるほっぺに恥ずかしくなって、力の限り枕に顔を埋めた。うー、うー、と唸っていたとき、こんこん、と部屋の扉がノックされた。勢い良く起き上がった。

「ガッ……」
さん……お腹が減りました……」

なんてったって、もう3時のおやつの時間です、と扉の向こうで主張するディストさんに、「台所にお団子がありますから適当にタレをつけて食べてくださーい!!」と叫んで、私は再び布団の中に潜り込んだ。よくわからないけど、じわっと涙が出た。もう一回、ガイさんの台詞を思い返して、顔を真っ赤にながらぎゅっと枕を抱きしめた。
ひー、と一人で小さく呟いて、布団の中で、ぎゅっと体を小さくした。



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2012/09/24

1000のお題【133 食事も喉に通らない】