首元のネックレスが揺れている。
私はちょんとそれを指先で触って、銀色のチェーンを指に絡めた。じっと見つめて、またたいて、ふわりと嬉しくなってほっぺを緩める。それから慌てて頬を叩いた。いけない、と持っていた教科書で口元を隠しながら、きょろきょろと視線を見回した。授業終わりの生徒たちが楽しげに回廊を歩いて行く。けれども大丈夫、見られてない、壁にもたれかかって、またネックレスをいじった。「えへへ……」 いやいや。

慌てて時間を確認した。まだ大丈夫とほっと息をつきながら、走りだそうとした。でも駄目だ。小走りになりながらてとてと歩いて、視線をきょろつかせた。彼はもう来ているだろうか。
ふと、知らない赤毛の生徒が、私の首元を見つめていた。なんだろう、と手のひらをおいてみると、いつもは制服の下においてあるネックレスが表でキラキラ揺れている。ぱぱ、と真っ赤になって、服の内側にしまった。

本当はうれしくって、いつもはこっそり服の中に隠していたのだ。どうしよう、と不安と恥ずかしさで、ぱっと耳が赤くなった。あまりアクセサリーを見せびらかす行為は、アカデミー生としてほめられるものではない。その赤毛の男子は、てくてくとこっちに近づいてくる。どきりとして、地面を見つめた。もしかすると、注意を受けてしまうのかもしれない。次に頭の上に落っこちる言葉に対して、私は覚悟をしながら体を縮めた。ぴたり、と彼は私の前に立ち止まった。

「毎度、ご利用ありがとうございます」
「…………はい?」


知らない生徒は、それだけ言って満足気に消えていく。「あの」 全然こっちを見てくれない。ポケットの中に手のひらをつっこんで、ちょっと行儀が悪い仕草のまま、てくてくと進んでいく。「…………えっと」 よくわからない人だった。



   ***



と、いう人を見たということを、私はシメオンに言ってみた。「それってどんなやつだった?」 シメオンは必要以上に眉を釣り上げて、ぐっと私に近づいた。顔の近さに少しだけ赤面しながら、私はさっきの彼のことを思い出した。「赤毛で、体は……大きくって、アカデミーの生徒で、前髪を、こう、分けてるかんじで」 さかさか、とおでこを触ってみる。「…………瞳の色は?」 うん? と思い出してみた。

「黄土色、だったかなあ」

黄色よりも、ちょっとだけ落ち着いているような、そんな色だったような気が。私がほっぺたに人差し指をおいて考えている間に、シメオンは頭を抱えて丸まっていた。シメオン、そんなポーズをしたら、ただでさえ小さいのに埋まっちゃいますよ、なんて言葉を言える訳はなかったので、「……あのう?」 どうしましたか、と声をかけてみた。「!」「は、はい」 私の両肩を勢い良く掴んで、シメオンは必死に瞳をこっちにむけた。「彼はだめだ! 関わるな!」 必死すぎた言葉だった。


「……シメオン、お知り合いの方でしたか?」
「ちが、いや、そうだが、いやその、とにかくっ!」

絶対にかかわっちゃだめだー!!! とシメオンは微妙に涙目のまま、こっちにぐんぐん主張した。「はあ」 関わるなと言われても、別にすれ違っただけである。「いいか、絶対だぞ、絶対だ、約束してくれ、商人には関わっちゃいけない。彼らを相手にサインを書くときは、命を捨てるときだけにしなきゃいけない!」「い、いのち……」 妙に話が壮大になってきた。

なんだか大変ですね、と彼の隣に並んで、テーブルに座った。お昼のサラダを頼みながら、シメオンはうーうー唸って、彼はサンドイッチを頼んだ。「騙されたらおしまいなんだ……」 そこで、騙されたんですか? と問いかけるのはかわいそうだからやめておいた。

「シメオンには、変わったお友達がいるんですね」
「だ、だから、友達でもなんでもなくて」

人差し指を伸ばして、何かを言いたげに口をひねって、パチリと彼は瞳を閉じた。色々思うところがあるらしい。「いや、その、友人ではないけれど、感謝をしていないかと言われればノーだし、知り合いなのは確かなんだけれど、だけれど」 だけれどー!! と一人納得ができない顔つきで、いーっと口の端を伸ばして、ついでに叩こうとしたテーブルに行儀が悪いとハッとしたのか、膝の上に手のひらを置いて、はー、と今度は長い息を吐き出した。
忙しい人である。


「複雑ですねえ」 とりあえず私はそうコメントすると、ちょっと考えたあとに、コクリと彼は頷いた。微笑ましくて、吹き出しそうになった口元を必死で押さえた。彼にとっては大問題のことなんだろう。まあそれでも、「シメオン、可愛らしいので、頭を撫でてもいいですか?」 ほくほくした。

「……だめに決まってるだろう……」
「サラダのトマトをあげますから」
「それは一体、どんな条件なんだ……?」

あーんしてあげますから、と言ったら、「いやだ!」とシメオンは叫んだ。やっぱりかあ、とちょっと残念な気持ちでもむもむほっぺをふくらませながらレタスをいただくと、妙にシメオンが静かだった。「シメオン?」 隣を見ると、紅茶に口をつけていたシメオンを瞳が合った。げほっ、と彼が咳き込んで、慌ててハンカチで口元を拭っている。
ほんの少し考えた。

「……やっぱりあーん、します?」
「…………う、いや、その……しない……!」

残念だった。