いらっしゃいませ、カララララン
02
気をぬいたら、ぎゅう、となってしまうお腹を、ぎゅっと力をいれて、いらっしゃいませ! くるくると引っ張って回るエプロンの裾をぎゅ、と握りしめて、ちらりと店内を見回した。(…まだ、来てないんだ)
からん。入り口のドアにつけられたベルが、静かに音をたてる。
「あ、いらっしゃいま 先輩」
真っ白いTシャツに、学校指定のズボン。少し高めな身長のその人は、涼しげな目元をぎゅ、と丸めて、「よう」と小さく手をあげた。「桃矢先輩、今日は入り遅いんですね」 彼は、まぁな、とにやりと笑った。
お疲れ様でした、と頭を下げて、お店のドアを開けた。もうちょっとで夏だなぁ、とんん、と一つ伸びをして、ポテポテと道を歩いていると、後ろからぽんっと肩を叩かれた「うひゃっ」「、俺だ」「あ、先輩」
交差点のボタンを、ぴっ、と押してから、「あ、バイトお疲れ様です」「お互いな」
目の前をわたる車の音に、ここの交差点長いんだよなぁ、とカンカン、と足下の石を弾く。隣に立つ先輩も暇そうに、空を眺める(………あれ、先輩って、家、こっちだっけ)
ちょっと不思議に思って、「あの先輩」 でも私が、あ、といったぐらいに、「なぁ」思わずはいっ、と背筋をピンと伸ばして答えてしまう私は、根っから体育会系の部活に染まってしまったんだと思う。
「サッカー部、マネ、やめたんだって?」
案外真っ直ぐに見つめられたので、ビクッと体を揺らした(私は全然悪くないのに)。ふらふらと視線を定める事が出来ないで、あ、とか。えーと、とか。口をパクパクさせた後に、思わず、ぎゅっと目を瞑った。(なんで辞めたんだ)桃矢先輩はそんな事は言わない。私を責め立てている訳じゃない。けれども、中学のサッカー部のマネと、高校のサッカー部の先輩というだけで、面倒を見てくれていた先輩に、まるで恩を仇で返したといわれている気分になった(先輩は、そんな事、いわないのは、分かってるけど)
閉じた瞼の裏は暗くて、ブウウン、と車が通る音と、先輩が時々口から吐く息づかいだけが、耳に残る。「ごめんなさい」
なんで謝るんだ。そんな事いわれても、分からない。けれども、部活なんてする時間は、今の私にはない訳で、少なくとも、先輩はそれを知っている訳だけれども、「ごめん、なさい」
ぎゅ、と唇を噛んだ。ふ、っと空気が動く音がして、思わず歯を食いしばる。何をされる訳でもないのは分かってるけれど。
ぽすん、と置かれた手のひらに、ずしっと頭が重くなる。よしよしよし。ハッとビックリして目を開けると、いつも通り、ほんの少しつり上げられた先輩の目が「別に、怒ってねぇよ」といってるように見えた(分かって、います)
「無理するなよ」
あんまりにも優しくて、泣いてしまいそうになったけれど、目頭に力をいれて、「無理なんて、してません」
可愛くねぇなぁ、といった声が聞こえたけど、クック、と笑いを含んでいる声に、私も、思わず。
ピッ、と信号が青に変わった。「あ」
ごくん、と唾を飲み込んで、「先輩、ありがとうございました!」
たっと駆けだした足を見つめて、上手く笑えたかな、と思った(うん、きっと)
たったった。動き続ける足を、ほんの少しずつスピードをおとして、先輩が、全然見えなくなって、
ピタリと止まった。自然と、暖かくなる頬に手を添えて、(…あつい)そのまますっ、と頭のさきっちょへと手を伸ばす(あたたか、かった)
くすっと、思わず微笑んで、くん、と妙な臭いが鼻を過ぎる。
「……………魔力の、ニオイ?」
微かに。先輩の、手のひらから。