私は、手紙を読んだ。


11


どれだけバカバカしいと考えていても、その李家から届けられた手紙を捨てる事が出来なかった。何度もぐしゃぐしゃにしてしまった所為かすぐにへにょんと形が崩れてしまい、それはとても読みづらかったのだけれども、最初の一文で読む事をやめてしまった手紙を、何度も頭を手のひらで打ち付けて、精一杯読み上げた。


この街に溢れる魔力の匂いの元は、クロウカード。
クロウの残したカード。
その封印がとけるとき、この世に災いが起こる。


(災いって、一体なんだ?)

随分と昔、母から聞かされた話を思い返しながら、腕を組んだ。災いは、防がなければならない。その胸が手紙には綴られていた。
この世、と。あまりにも広く括られすぎた言葉は、大きすぎていささか臨場感が失せる。

金銭面での援助と引き替えとなる義務は一つ。
クロウカードの動向を探る事。そして必要とあればそれを諫める事。しかし私はカードの主となってはいけない。私は李ではなく、だからだ。
(………結局)

今までと、それほど変わらないな、とため息を吐いた。
案外、人生ってこんなものなのかもしれない。






「随分、顔色がいいな」

いつも通り、従業員用のエプロンを付けた後、休憩室からちょこりと顔を出した瞬間、桃矢先輩と、ぱっちりと目が合った。彼は高い身長でこちらを、ん? と見下ろした後に、にやっと悪戯っこのような表情で、こつんと私のおでこを叩いた。
それと同時にかけられた台詞に、「そうですかね?」と首を傾げる。

「まあな、こないだまで寝たりないって顔だったな」
「え、ホントですか」
「ん、しっかり寝ないといつまでたってもチビなまんまだぞ、うちの怪獣みたいに」
「はぁ、いや、先輩が大きいだけなんじゃないですかねー…」

彼は無言で、大きな手のひらで、私の頭をぐしぐしと撫でた。勢い余ってぶんぶんと頭が揺れてしまったのだけれど、彼はくくく、と嬉しそうに笑うだけで、私もあっはっは、と笑ってしまうだけだ。


ほんの少し、私は自分の足下を見詰めた後に、ひょいと顔を浮かせた。「先輩」「ん」 時間なのか、彼は忙しなく両手を動かして、着ていたままの制服を、さっさと脱ぎ散らかす。

「さくらちゃんに、ありがとう、って伝えてもらえますか」

直接、口答で伝えるには、少々気恥ずかしいからだ。
一瞬、彼の動きはぴたりと止まり、ぐっと眉を寄せ、まるで不機嫌か何かのような表情を作ったのだけれど、彼の場合、これがデフォルトだ。ただ不思議だと考えているだけなんだろう。
私は彼の先の台詞を読み取り、ささっと人差し指を、自分の唇にちょん、と付けた。

「理由は、秘密って事で」
「………ま、いいけどな」

ちょい、と肩をすくめて、彼はばさりとシャツを抜いた。

多分私は、彼女のお陰で、一歩前進出来たんだと思う。意地をはる事は、大切だけれども、もう少し見る分を大きくして、周りを見詰める事もきっと大切だ。
バイトは、続ける。けれども李家からの援助も、受け入れようと思う。
どうせならちょっとぐらい楽な方向へと走ったっていいはずで、今の私は労働に見合う分をぶんどってやれ、とふん、と大きく胸を張りたい気分でいっぱいだった。

胸の奥で、ぐちぐちと抱えていた気持ちを、すっきりとさせてくれたのは、きっと彼女のお陰だ。

はー、と胸の前へと手のひらを持ち、息を吐くと、「おい」と先輩の声が聞こえる。「なんですか?」と首を傾げると、珍しく困ったような表情に、彼は「なんですか、じゃないだろう」と語尾をほんの少し小さくした。
彼は、ぶらぶらと視線を移動させた後に、じろっとこちらを睨む。

「着替えるから、出て行け」
「あ、すみません」

ぺこんと頭を下げ、それじゃあお願いしますね、と先輩へと最後に伝えると、彼は「へえへえ」と軽い返事に、重いため息を吐いたのだった。
「………女の、反応かそれは」