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、そういやお前、バレンタインはどうしたんだ?」
「はい?」


慣れた店内で、バックヤードの掃除をした。ぐるぐるとモップを動かし、バケツを持ってきた桃矢先輩が、ぼんやりとこぼした日常会話にて、さくらちゃんが月城さんにチョコを上げた。そんな会話がこぼれ出た。(月城さん……) 彼のことを思い出すと、小狼のチョコの行方が気になってしまうところだが、いちいちそんなプライベートまで踏み込む必要はない、と思っている。

「桃矢先輩は、下駄箱にチョコが溢れてそうで大変ですねえ」
冗談にもならないような冗談に、先輩はため息をついて、ごとん、とバケツを床に置いた。それで最初の言葉だ。「お前はどうしたんだ?」「え?」 バレンタイン、という言葉を入れて、先輩は言葉を言い直した。「あー……」

うん、と私は頷いた。「素敵な日でした」 思わずこぼれたうれしさのため息に、先輩は眉をひそめた。「とてももうかった日でした。次の日はチョコの安売りが幸せでした」 数日分の食料にはなったと思います、と満腹気分を思い出して、またため息をついた。幸せだった。先輩は雑巾を持って、もくもくとテーブルをふいていた。ふほあー、と私はもう一回ため息をついて、来年のバレンタインも、早くやってこないかなあ、と頷いていた。




   ***



「先日のさくらちゃんも素敵でしたわー!」

全部を撮影できなかったことが、ただただ残念なのですけれども、と知世は小さな白い手のひらを、ぺちりと可愛らしく頬に置いた。相変わらずの撮影会の試写会にて、恥ずかしげに頭をひっかくさくらの膝には、黄色いぬいぐるみが座り込んでいる。「おっ、ええなー、わいのこの角度、サイッコーやなっ!」 キメ顔やで、キメ顔! とぺしぺしさくらの膝をたたくケルベロスに、さくらは苦笑した。
相変わらず、ちょっと楽しい。

「あれ、画面が……」

知世と別れてすぐのところだ。テレビ画面にうつる画像が、幾度かぶれた。聞こえたノイズ音とともに、知世の短い悲鳴が響く。「知世ちゃん、なにかあったの?」「え? ええ、少し気になることがあったのですが、気のせいだったみたいです」 怪我もなにもありませんわ、とふわふわ笑う彼女の言葉に嘘はない、と思う。うむう、とさくらは知世を見つめた。その後、また画面を見返した。気づけば、ビデオ画面は虚空を映している。「あれ?」 ペタリ、とさくらはフローリングに手のひらをついた。


「知世ちゃん、ケロちゃん、ここ」
「はい?」
「んん?」

リモコンを操作して、画面を停止させる。ぴたり、と指をのばした。「何か、いるみたいな……」 きょとん、と二人は瞬いた。荒い画像の中で、何かがいる、ような気がした。「うーん、なんもおらんように見えるけどなあ」「ええ……」 私もやっぱりわかりませんわ。と知世がふりふりと首を振る。

もう一度、画面を見つめてみた。映っているのは、普通の夜の空だ。

「でもまあ、さくらの魔力も強くなっとることやし、何かの予感かもしれへんな」
「そうかなあ」
「ま、なんにせよもっかい巻き戻そ。わいの活躍をみんなで拝むでー!」
「えー、またー?」
「はあー……さくらちゃんはやっぱり可愛らしいですわあ」



   ***



補佐と言っても、どちらかというと暇だ。ときどき先んじて暴れまわるクロウカードを落ち着かせる程度で、他に何をするわけじゃない、わけじゃないのだけれども。
(そもそも、小狼を知らないことには、動きようが……)
いやプライベートには興味が無い。何度も言うけど、興味が無い。でも、必要最低限な情報はあるはずだ。たとえば、小狼の家とか。家とか、家とか。

(うおお)
これくらい、教えてくれてもいいだろう。そう思っているのに、相変わらず李家からの追加の情報は送られてこない。とにかく、自身の判断に任せられているのだろうか。小狼の学校は把握した。外国からの留学生がやって来るとなると、案外広くまで噂が伝わる。「李小狼という、運動神経のいい男の子が転入してきた」という話は、私が所属する友枝中まで広がってきた。想像の通り、小狼は友枝小にやってきたらしい。つまり、小狼の住所を割り出すには、(待ち伏せ……)

これが一番最適だった。私はこそこそと小学校の校門前で、彼を待った。
待った。
待った。
「来ないっていうか、小学生の一人も通らない……」
なぜだろうか。そろそろケーキ屋のお手伝いの時間になってしまう。

困るなあ、とちらちら校舎の時計を見上げていたそのときだ。「さん?」「えっ、あ、さくらちゃん」「久しぶりですねっ!」「う、うん」
いつも一方的に見ているので、別にそこまでってわけじゃないけども、という言葉は飲み込んだ。当たり前だ。私はキョロキョロと彼女の周りに目をむけた。さくらちゃんと同じ年頃の女の子達が、ぽろぽろと校門を通って消えていく。

「さくらちゃん、今授業終わったの? 小学校って案外遅いんだね」
「え?」

きょとん、と彼女は瞬いた。
何か私は妙なことを言っただろうか。
「あの、さっきまでチアリーディング部の練習をしていたので、授業はもうちょっと早くに終わってるんですよ」
「あ」

うっかり忘れていた。
小学校の授業は、中学校よりも早く終る。なんとなく、一人額に手を当てて、頭を下げた。「さん、何か用事でもあったんですか?」と首を傾げる彼女に、とりあえず、曖昧に頷いた。

ストーカー作戦は失敗に終わった。