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部屋の中で座り込んだ。
静かに姿勢を正しながら、両手の人差し指をあわせる。幾度か指の組み合わせを変え、喉の奥から、擦り切れるような細い声を唸らせた。しんしん、と窓の外から暗闇が舞い落ちる。できることなら、ロウソクの明かりがあればありがたいが、ないものねだりをしたところで仕方がない。ランプの明かりが、手元が揺れる。ひゅっ、と光が縮こまった。

「……ふー……」
床に並べた札の数枚をとりあげて、「まあ、こんなものかな」
あの洞窟の中に、カードは存在する。明日になれば、洞窟の中に祠へと、生徒たちが肝試しに出かけてしまう。できることなら、早く小狼達に封印をしてもらいたいものなのだけれども、それを伝えるわけにはいかない。(だったら) せめて、生徒たちに危険が及ばないように、結界を     「あれ、さんなんで電気つけてないの?」「うおほおおう!!!」

唐突に扉を開けられたことに動揺して、思わず滑り込みながら札を体で隠した。ボランティア仲間の中学生の知り合いがきょとんとこっちを見て首を傾げている。

「あ、いや、ちょっと、あはは」
「あんまり暗い中にいると、目が悪くなるよ?」
「らしいね、うん、らしいね、気をつけるよ!」



   ***



結局、隠し隠し作れた札は4枚だ。洞窟の広さは、ただの手伝いの私には予測がつかない。どうにも不安が残る枚数だとズボンのポケットに入れた札を外から撫でた。
肝試しの手順は、持ったロウソクを祠に置いて、戻ってくること。置かれたロウソクをそのままにしておいては危険があると、隠れて待機している教師が回収する。できることならその役を任されたかったのだけれど、残念ながらこの役目は出発前に決まってしまっていたので、今更変更は難しい。


さんはロウソクを準備してもらえる?」
「はい、わかりました」

観月先生の言葉に私はうんと頷いた。小屋の端に置かれた生徒分のロウソクが入ったダンボールを持ち上げて、洞窟の入り口に設置する。とっぷりと日が暮れた中、既に何人かのグループを作った生徒達が、ずらりと列を作って並んでいる。ロウソク置きの準備を終えた観月先生の足元に、持っていたダンボールを置いた。お疲れ様とありがとうという言葉に頷いて、ちらりと洞窟に目をむけた。くぽりと空いた口の中は、どこか不気味で、生徒のざわめきとは対称的に、ひどく静かだ。札を撫でた。

「先生、もうすぐ始まりますか」

ええ、と観月先生は頷いた。一つ一つの取手にロウソクを置き、ライターで火をともす。どうぞ、と渡された生徒達は、わずかにはにかみながら、恐る恐ると暗がりに消えていく。私はタイミングを待った。(少なくとも、今は動けない) さくらちゃんの番だ。「行ってらっしゃい」 彼女のペアの知世さんと一緒に声をかけると、さくらちゃんはガチガチと不恰好に頷いて、ギシギシ両手と両足を同時に出しながら消えていく。大丈夫だろうか。

少しずつ、彼らの列が消えていく。残りのロウソクの数を数えた。問題ない。最後の生徒のグループ、小狼のロウソクに、ぽとりと先生は火をともした。それと同時にじろり、と懐疑的に見上げられた瞳の先は、どうやら私だけではなく、観月先生も含まれているらしい。
不思議なことだ、と言いたいところだけれども、彼が不審がる気持ちはなんとなく理解ができる。ちょっとだけ複雑な気持ちで彼女に視線を向けると、またにこりと微笑まれた。

小狼の背中を見送った。生徒の声で賑やかにざわついていた砂浜が、今はひどく重っ苦しくて、耳が痛い。
地面についた両足が、ひどく重い。(クロウカードだ) 発動した。私はポケットの中に手を入れて、即座に洞窟の中に足を踏み入れようとした。けれどもすぐさま腕をひかれた。「どこに行くの?」 ギクリとした。


「いや、中の様子を見てこようと。そろそろ最初の子達は戻ってきてもいいと思うんですが」

心配になって、と説明する言葉は、尻すぼみになってしまった。観月先生は、やわらかく微笑んで、「そうね」 返答はそれだけだ。どこか会話に食い違いがある気がする。唾を飲み込んだ。

「だから、その、私、見てきますね」
もう一度強く言葉を吐いて、彼女の腕を振り払って進もうとすると、「だめよ」 強く掴まれた。ずしりと空気が重い。息を吸い込んだ瞬間、私と観月先生を見ていた教師が一人、消えた。

「あ」
動揺する私をよそに、観月先生は洞窟に目をむけた。つられて私は音を探った。クロウカードが暴れている。どんどん周囲の空気が変化する。カードの世界だ。魔力の弱い人間から、影響されていく。その中で、観月先生はじっと立って、私の腕を掴んだまま、口の端を緩めた。

「大丈夫」
ぱらぱらと視界が揺れる。ぶんっとパソコンの起動音のように、言葉がぶれた。そんな中で、観月先生は、ひどく平和気な顔をして、私を掴んでいた細い指をやんわりと離した。同時に私はポケットから手を引き、札をつきつけた。「あなた、なんなんですか」 

チリチリと札の端が消えていく。即席に近いこれでは、この魔力に耐え切れない。
剣呑に言葉を吐き出す自身が馬鹿らしくもなるほどに、観月先生は、ほてほてと幸せ気に微笑んだ。
私はただ唇を引き結んで、燃え上がる札をくしゃくしゃに握りしめ、彼女を睨んだ。