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あなた、なんなんですか。絞りだすように問いかけたその言葉に、観月先生はほろりと口元をほころばせるだけだ。その表情を見ているとひどく不安になって、今彼女を糾弾している事実が間違っているのか、それとも正しいことなのかわからなくなる。突きつけた札を取り下げるべきか否か、それすらも判断に迷いながら、私は肩肘をはって彼女を見上げた。

しんしんと、クロウの魔力が降り積もる。唐突に、札の魔力が散った。はじけ飛んだ炎を片手で制して、ズボンのポケットに手を入れた。それから、観月先生を見上げた。彼女はことりと首を傾げた。「動かないで」 出た声は、ひどく頼り気がない。「動かないでください。あなたの正体を、まだお聞きしていない」 そもそも、正体ってなんだ。自分自身、よくわかっていない。「正体って?」 観月先生も同じ事を思ったのだろう。思考を言い当てられて、わずかに熱くなった顔をごまかして、首を振った。

「少なくとも、ただの教師だとは思えません」
「あなたは誰なのかしら」

何を言われているのかわからなかった。ポケットの中の札をくしゃりと握りしめて、眉をひそめた。「さん。さん?」 ころころと言葉を舌でのせながら、観月先生は細い指先を、ちょんと自分の顎にのせた。「ちょっと違う気がするな」「何を言ってるんですか?」 ひどく、相手をしづらい人だ。

「それに、すこし似てる」
「やめてください」
「ごめんなさい、いじめてるつもりじゃないの」

ただ、そういうことじゃないかしら、と先生は体の後ろで手のひらを組んで、くすりと優しげな顔をした。「みんな、ちょっとだけ秘密がある。でも、悪いことじゃないわ。私は木之本さんを、李くんを応援したいだけ。大丈夫、きっと全部、なんとかなっちゃうから」

この言葉は、木之本さんの口癖だったかしら、と先生はぺたんと口元に手のひらを置いた。気づけば、クロウの気配は消えている。ごまかされているような気がする。そうは気づいているものの、強く反論ができない。(あーもう) 応援したいだけ。その言葉を信じていいのだろか。私は首元をひっかいた。気づけば、ポケットの中に入れていた片手は、すっかり外に出てしまっている。
そのことに気づいているのかいないのか、観月先生はやっぱり楽しげにこっちを見ていた。
(とんだ臨海学校だ)

「安心して。あなたのことは、誰にも言わないから」
「はあ……」

こっちの怪訝を察知したのか、観月先生はちょんと人差し指を口元につけた。それが本当だっていうのならば、ありがたい。



   ***


結局、日和見になることにした。


   ***



ガタンガタンガタン、と帰りのバスが揺れている。私はぼんやり外の風景を見つめながら、丁度一つ席が余ってしまった教師枠、つまりは観月先生の隣で居心地悪く座り込んだ。消えた人間は、一緒にいた女教師だけではなかったらしい。イレイズ(だろう、多分)の魔法がとけた学年の生徒と教師達は、そろって洞窟の中でぼやけていて、記憶が曖昧なことが幸いした。
さくらちゃんと小狼、ついでに観月先生の三人で、はやくバンガローに戻りましょう、と声をかけて回って、寝冷えもすることなく生徒たちはぐっすりと部屋の中でお休みできたというわけだ。

私に関して言うと、「木之本さん達にはまだばれてしまいたくないんでしょう?」といたずらっこみたいにウィンクする観月先生のなんともありがたすぎる言葉に頷いて、ぼんやり意識な生徒たちに混じって、そそくさと避難させて頂いた。彼女の反応は物分かりがよすぎて、少々あっけなさすぎるようにも感じた。

さん、あんまり機嫌がいい顔じゃないわね」

どこまでわかっているのか、それともわざとかのか、観月先生はなんてこともないように私に声をかけた。窓を見ればむっつりと唇を出した自分の顔がうつっている。「ちょっと、色々考え事をしていたんです」「例えば?」 鏡に映る眉が、もっとひんまがった。あんまりいい内容ではない。

「観月先生が、悪い人である可能性を少し」
「あら」

気になるわね、と先生は子どもみたいに楽しげに声をひそめた。そのまま会話を終わらせてしまいたかったのに、もういいや、と開き直った気持ちで私は一本指を折った。

「一つめ、先生はカードを自分のものにしたい」
「私にはちょっと、重すぎる荷物ね」
「二つめ、先生は李家の中の他の派閥の人間」
「んん、中国語はそこまで得意じゃないわ」
「三つめ、先生は李家以外のクロウの血筋で、私達のことを気に入らない」
「みんなかわいい生徒よ。さんもね」

ふわふわした言葉の返しだ。思わずため息をついた。「もうちょっとましな返答をしてください」 きょと、と先生はまたたいて、「だって、本当のことだもの」「……そうですか」 喧嘩をする気も失せてしまう。私はまたぼんやりと窓の外を見つめた。遠い場所から、あの街に帰っていく。それはやっぱり、少しだけ胸が落ち着いた。

さんは、李くんに、まだ言わないの?」
「……先生、どこまで知ってるんですか」
「私にも、よくわかんないわ」

ころころ笑う観月先生の隣で、相変わらずのむっつり顔のまま、私は通り過ぎる景色を見つめた。
友枝町が、近づく。