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お祭りがある。とんとんとん、と溢れる太鼓の音を想像して、ほんのりとさくらは笑った。「知世ちゃんと、雪兎さんも一緒だ!」 ぱたぱた、と両手を動かす。お兄ちゃんも一緒らしいけど、そこはまあ仕方ない。「あのね、あのね、知世ちゃん!」 電話口に、えへへと笑った。このところ少し大変だったのだ。臨海学校ではたくさんの人が消えてしまった。一人じゃ何にもできなくって、結局李くんに手伝ってもらってしまった。

かちゃん、と受話器を下ろして、ふと考えた。(誘ってみようかな)李くんも、と電話番号をおそうとして、よくよく考えたら彼の番号を知らなかった。転入してきたばかりの彼は、連絡網にものっていない。「うーん……」「おい怪獣」「怪獣じゃないもん!」 どだどたした。

「電話、使わないなら借りるぞ」
「うん……?」

いいよ、と受話器を差し出した。うん、と兄は頷いて、慣れた様子でボタンを押す。ぷるるる、と呼出音がなっているらしい。「ああ、」 お前も来るか、と問いかけた。それからうん、と首をかしげた。「わかった、じゃあな」「さんも来るの?」 ちょっとだけ嬉しくなった。桃矢は別に、となんてこともないような顔をして、ぽりぽりと首元をかいていた。「用事があるんだと」 ふうん、と大きな背中を見つめた。






「あ、桃矢先輩」

かちゃかちゃ、と彼女は慣れた手つきでお好み焼きのへらを動かしていた。「……お前、何やってるんだ?」「屋台の手伝いです」 端的な返事である。「断った理由ってこれか?」「それ以外何がありますか」

ビシリ、とへらを斜めに掲げ、満足気に頷くを見て、ガクリと桃矢は肩を落とした。そんな姿を見て、知世はあらあら、と楽しげ笑っている。「さくらちゃん達もこんばんは」 知世さんと、月城さんも、とコテを動かしながらの言葉に、こんばんは、と三人そろってのお返事だ。なんだかひどく似合っている。ううん、と頭を押さえる兄を無視して、ぱたぱた、とさくらはに近づいた。

さんって、なんだかどこにでもいますね」
「先輩ほどじゃないよ」

確かに、と思わず頷いてしまった。
お好み焼き8枚、と頼んだ雪兎の言葉に、はいな、とは元気よく返事をして、透明のパックを取り出した。おいしそうだ。
「不思議な方ですね」 ふと、知世がそう呟いた。パタパタと見送りに手を振るに笑って、さくらはきょとりと首をかしげた。「ふしぎ?」「ええ、なんでしょうか、こう……」 ううん、と口元にちょんと手をつける。隣を見れば、兄がやけくそ的にお好み焼きで口をふくらましているような気がする。なんでだろうか。

「ああ」 なるほど、とばかりに知世は一人、頷いた。てくてく、と祭りの道を進んでいく。「とてもよく、似てらっしゃるのかもしれません」「……だれと?」

     さん。ずっと前からの知り合いで、お兄ちゃんと知り合いだ。仲がいいのかもしれない。ときおり、じっとこっちを見つめている。けれども嫌な感じはしない。

確かに、そういう意味では不思議な人なのかもしれない。ぱたぱた、と胸元のリボンが揺れた。
「さくらちゃんも、いる?」 雪兎の言葉に、はいっ! と頷いて、さくらは彼からお好み焼きを受け取った。おいしい。「……それで、誰と?」 気づけばじい、とこっちにカメラを回している知世に、こくんと首をかしげながら問いかけた。知世のカメラはいつものことなので、そこまで気にはならないが、やっぱりちょっとだけ恥ずかしい。ごしごし、と口元のソースを拭った。ふふ、と知世は優しく笑って、手首のカメラを固定させた。


「さくらちゃんも、よく知っていらっしゃる方ですわ」



   ***




お祭りのお手伝いをしてくれない? そう観月先生に問いかけられた言葉をきいて、何をおっしゃっておりますか、この御方は、と私は思わずむんと腕をくんで、睨み上げた。たとえ日和見宣言をしていようと、彼女は要注意人物に違いない。「イヤです」「バイト代はだめだけど、あまったお好み焼きはプレゼントするわ」「任されました」 気づいたらイエスの返事を返していた自分に愕然とした。

でもまあ、プラスアルファで色々と持ち帰りをしてもいいというのだから、コテを握る手にも気合が入るというものである。売れば売るほど自身の持ち帰りが少なくなることは理解してはいるが、溢れる売上には商売根性がきらめいてくる。前回のお祭りの焼きそばでは、つめにつめて、一週間をゆうに過ごしたのは幸せな思い出だ。「いらっしゃいませー!」と馴染んだ顔でにこやかに笑う自身はちょっとだけ好きである。そして真顔になった。「お、おお……」 絶対前にも同じ事があった。

思わずじっとりとした視線を送る小狼と無言で見つめてから、ぺしん、と額を叩きながら顔を逸らした。なんだか辛い。「……あんたか」 半ズボンから伸びた足を、こんこん、と地面の上で蹴りながら、小狼は心底嫌そうな声を出した。嫌われ過ぎである。「お好み焼き、一枚150円になります……」 残るものは商売根性だった。

まあいいけどな、とつぶやいて、ふう、と大人びたため息をつく小狼を見て、なんだか崩れ落ちたいような気持ちになった。「まいどありー……」 てくてく、とこっちに向けて背中を向けて去っていこうとする小狼に声をかけた。反応すらない。さすがにちょっと寂しいな、と苦笑してほっぺたをかきながら、ああ、と頷いて、声をかけた。「さくらちゃんは、あっちだよ!」

そういえば、この間はこういって無視をされたんだった、と思い出した。まったく学習しない、と自分自身に呆れそうになったとき、ピタリ、と小狼は足をとめた。ぼふ、と吹き出したみたいに小狼の耳が真っ赤に染まっていく。どすどす、と周りのお客にぶつかって、崩れ落ちた。ギギ、と油の悪いロボットみたいに立ち上がって、じっとりと彼は振り返りながらこちらを睨んでいる。一体何だ。

お好み焼きを抱えるみたいに体を硬くして、私が指した方面とは、反対方向に駆け抜ける小狼を見ながら、なんじゃありゃ、と屋台から顔を出して、首をかしげた。「お、おお……?」 それからもしかして、と考えて、なるほどなるほど、と両手を打った。
もしそうなら、嬉しいことだ。

青春青春、と口笛みたいに呟きながら、鉄板の上のお好み焼きを、くるりとひっくり返した。じゅうじゅう、と小気味のいい音が響いている。

「いらっしゃいませ! お好み焼きはいかがですかー!」