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     ちょっとした手品だって言えば、信じてくれます?




そんな私の言葉に、パチパチ両手を打ったのは月城さんで、「わあ、すごいねえ! タネなんてないみたいだね!」 と彼は大きな瞳をまるくさせていた。まあ、タネなんてないわけですけど。桃矢先輩はただ胡乱な瞳でこちらを見つめて、暗闇の中で小さく弾ける明かりに眉をひそめた。気持ちはとてもわかります。

月城さんと先輩の反応の、悲しいくらいの差異に体を縮こませながら私達は暗闇に身を潜めた。そう長くはない時間が経って、消えていた照明が、パッと点けられた。と、いうように感じた。パイプ椅子から立ち上がって周囲を見回した私達三人は、周りの客席の不思議気な視線に慌てて席に座り直した。そしたら、「よかったーーー!!!」とさくらちゃんが、小狼に抱きついた。瞬間、桃矢先輩は沸騰したように立ち上がって、「おい!!!!!」「先輩、どうどう、どうどう……!!!」 慌ててハンディカメラをとりあげた。




あれは一体なんだったのかな? とほのぼのと首を傾げる月城さんに対して、私と桃矢先輩は無言のまま帰宅した。家に帰って、つまりそういうこと、どういうこと? と考えながらも数日後、私はバイト先に出向した。桃矢先輩は相変わらず似合うギャルソン服でこちらを見下ろしながら、ため息をつかれてしまった。

本日の休憩時間、お弁当を保有していた。なんということでしょう。パンの耳ではないだなんて! とひとしきり感動してお弁当箱をたかだかと持ち上げてくるくる回っていると、休憩室の扉が開いた。慌てて着席して見上げると、桃矢先輩だった。最近お昼がかぶり過ぎじゃありませんか。まさか先輩がかぶらせているわけじゃあるまいし、とまさかの可能性をとりあえず置いといて、無言でお箸入れをパカリとあける。

今日の先輩のお弁当は、色とりどりの手作りサンドイッチだった。眩しい。さすがお弁当箱が家のどこにあるのかわからなくて探し回る女とは格が違う。
届いた視線に、慌てて手元を隠した。なのに先輩の方が背も座高も高いものだから、すぐさま上から覗かれた。わずかばかりに耳が赤くなって、今更先輩にどう取り繕ったところで、と諦めた。バカにでもされるのだろうかと思ったら、想像よりも先輩は嬉しげだか、優しげだかよくわからない顔をして、私の頭をなでた。

なぜだか一瞬、先程とは違う意味で、赤くなってしまったような気がした。まあ、食は大事という話である。さっさとお昼を食べましょうよ、と片手を振って誤魔化して、プチトマトにお箸を伸ばす。冬はお野菜が高い、とか考えているからいけない。


先輩は、サンドイッチにかぶりついた。大きな口ではみ出たレタスをもしゃりと食べて、もぐもぐ咀嚼する。それから水筒の蓋を開けて、お茶を一杯飲み干したあとに、「で、。お前さくらが何をやってるのか知ってんのか?」 勢いよく噴射するかと思った。

ですよね。
そうですよね。
月城さんは誤魔化しても、先輩が誤魔化しきれる訳がないですよねえ!! と悲しい事実を改めて理解した。今日までどこからもツッコミがなかったものだから、そのままスルーしていただけるものかと勝手に期待しておりました。

「いや、その、まあ、その……」

先輩も先輩で、さくらちゃん達が、クロウカードを集めていることをなんとなくわかっていたらしい。まあ、先輩は鋭い人だものなあ、と今更ながらの真実を確認して、いやでも本人から漏らしていないことを、私から言うのもな、どうなのかな、と首元をひっかいた。

かと言って、適当に説明をするにも難しい。桃矢先輩も、なんらかの魔力を保有していることは間違いない。さくらちゃんのお兄さんだと考えると、不思議はなかった。それならお父さんもそうなのだろうか。「あー、いや、その……」 もごついた。

こんなに不格好で情けないことがあるだろうか。どんどん小さくなる私に、「ああ、違う、別に問い詰めたいわけじゃねえから」 少し困ったように、桃矢先輩はもう一度私の頭をなでた。さくらちゃんに何度もしているものだから、癖みたいなものなのかもしれない。「言い方が悪かった。さくらのやつが、何かやってるってことはわかってる」 、お前もそれに関わってんのか?

少し考えて、素直に頷いた。そうか、と桃矢先輩は静かに呟いた。「手伝ってやってんのか?」 これにはなかなか頷けなかった。そうだと言えばそうだし、でも李家からお金をもらっているから、純粋な善意ではない。もちろん、さくらちゃんと小狼の力になりたいという気持ちに嘘はないけど。


しばらくの間、時計の秒針の音ばかりが聞こえた。ただ、そんな風に固くなっているのは私だけで、相変わらず先輩はお茶を飲んでサンドイッチの続きをぱくつく。私もお弁当を食べた。硬いお米にため息が出そうになった。「怪我すんなよ」 危ないことはするんじゃねえぞ、とふと呟いた彼の言葉に、瞬きした。わかりました、と返事をしようとして、いやでもどうかな、と少し考える。約束できないことをするもんじゃないし。


「こら。そこはさっさと返事をしろ」
「いやでも」
「ばか。さっさと安心させてくれ」



 ***



カタカタと、トレイに載せたティーカップが小刻みに揺れている。紅茶の雫が跳ね上がり、こぼれ落ちた。瞬間、爆発したように地面が上下する。店内で悲鳴が溢れかえった。普通の地震ではない。テーブルの下に頭を隠しながらもすぐさま懐の札を確認する。念の為常備していた。問題ない。

客の避難誘導を確認し、店長に声をかける。家の様子を念の為確認する、と適当な理由を口早に説明した。軽い地響きが繰り返されている。制服のままで申し訳ないと頭を下げると、危ないのでは、と止められた。「大丈夫です。でも念の為、店長は揺れが治まったら、他の店員と一緒に避難してください」 それだけ告げて入り口から駆け出した。と思ったら首根っこをひっつかまえられた。桃矢先輩だ。

危ないことはするんじゃねえぞ、と言っていた先輩を思い出して、それでも勢いよく首を振る。「緊急事態です、放してください!」 これは地のクロウカードだ。あまりにも他と比べて強力だ。「止めるわけじゃねえよ」 じゃあ一体どうしたいんだ、と懐の札に手を伸ばそうとしたときだ。くるんと体がひっくり返って、宙に浮いた。「こっちの方が早いだろ」「そんな馬鹿な!」 思いっきり、米俵にされた。

「方向は」

ところどころ隆起した道を長い足でかわしながらも、桃矢先輩が問いかけた。小刻みに震えは続いている。道行く人々の悲鳴が耳をついた。唇を噛みしめる。ああもう。「     月峰神社!」 やけになって、思いっきり叫んでやった。