要先輩は、やっぱり格好良かった。


第2話   せんぱーい!




みるみるうちに綺麗になっていく生徒会室に、俺はちょっと感動した。その中で、人一倍きびきびと動く要先輩は、(埃にまみれていたけれど)俺の目にはキラキラと輝いて仕方なかった。
のんびりとその様子を見詰めていた東という教師は、「お疲れさま」とにっこりとやっぱり笑っていて、屈託のない微笑みに、「あ、やっべこの人もきっといい人だ」と東先生のメガネの奥に映る瞳を見詰めた。

俺と一生懸命に動く他のメンバーを見て、あ、こいつらとなら一年間頑張っていけるかも。と、偏見ってだめだなぁ、と心底俺は自分が恥ずかしくなってしまったのだ。


なんだかんだいって、色々と順調だった。



(………さくらももう終わりだよなー)

ふわふわ舞う花弁は、俺は結構すきだ。空へとかざせば、薄いピンク色の向こう側がほんの少しの光が見えて、伸ばした手の周りをくるんと器用に回りながらどこかへと消えてしまうところが好きだった。掴めないっていうのが、なんとなくイライラする反面、嬉しくなるのだ。

思い鞄を背負って、俺はゆっくりと校門を歩く。
よいしょ、と右手を空中につきかざして、その俺の手のひらのもっともっと上の方をくるくる回る花びらに、やっぱり嬉しい気持ちになった。大きく開いた人差し指と中指の間から、茶色いどどんとした幹がのぞく。
そのままゆっくりと真っ直ぐを見詰めてみると、茶色い幹の代わりにたくさんの人が映った。その中に、ぽつんと一つの黒いあたま「あ」


ゆっくりと俺は駆け出した。たんたんたんっ、とついた助走で、お目当ての背中をぐいっ、とひっつかむ。「かなめせんぱ」 ボゴオ!!

「あ、ごめん」

ひっつかんだままの先輩のYシャツはそのままに、俺の顔へとぶちあたった鞄を肩へと掛けて前髪がもさっとしている男子一名。めんどくさそうな瞳のまま、片手に本を持ってもさもさと前髪をひっかいていた。

鼻の頭がちょっと熱い。じくじくとした感覚に、鼻の奥で、何かずるりと溢れてしまいそうな感覚だ。慌てて両手で押さえた。

「おい、?」
「せ、せんぱ」


ぼとぼとぼとっ
俺の両手から、真っ赤な血が溢れた。





「鼻血ってさ、首の後ろトントンがいいんだって。トントン」
「悠太くんそれ違います。迷信ですよ!」
「そーれトントントン」
「い、いだっヤメロもさもさ!」
「祐希遊ぶな、もあばれんな」


真っ白い保健室の中で、俺はでっかい先輩4人に囲まれて、小さなイスへと座っていた。鼻の中へとぶすっ、と詰めたティッシュが限りなく情けないのだけれど、髪の長い女みたいな先輩が、大丈夫ですか大丈夫ですかと泣きそうな声で新しいティッシュを俺の前へと差し出す。
いやそんないらないっすから。

「春落ち着きなってば。鼻血で死ぬおばかさんは滅多にいないよ」と淡々とした口調で話す前髪もさもさ、基祐希というらしいソイツは、不可抗力とはいえ、俺の顔へと力の限り鞄をぶつけやがったってのに、飄々とした態度で俺の前へと手をついて、うんちく座り。「ちっさいねー君」「よけいなお世話じゃぼけっ!」「だから落ち着けっての

「それで、この子、なに、要」

祐希と同じような顔をして、前髪を別けたそいつは、多分悠太。双子か何かか知らないけれど、酷くやる気のない姿は祐希とそっくりだ。
春と呼ばれた先輩はおいといて、要先輩はこんな奴らが友達なんだろうか。先輩交友関係改めた方がいいんじゃないかと一瞬考えたけれど、そこは先輩の問題だ。うん、問題だ!


「何って、ほら、副会長」
「あー」
「あー」


(なんだこのローテンション)
かぶってるのかかぶってないのか分からないような妙な声を出す二人に、どう対応していいのかよく分からず、俺はひたすらぎゅ、と鼻をつまんでいた。「大変ですねぇ、生徒会」とのんびりした口調で春さんはにっこりと微笑む。

「あ、や、まだ始まったばっかですし」
「入学早々自分の青春を無駄にする方向に走る事を、彼は決意したんですね悠太さん」
「人生において一時しかない高校一年生。それを黙々と消費するんですね祐希さん」

縁起でもない解説を、お互い頭と頭をくっつけるようにしてマイクのフリをしているのか、右手をぎゅっと握っている。
何故だろうか。もの凄くむかついた。俺の中の何かを逆撫でするような感じがする。

「まぁ気にすんな、彼奴らいつもこんなんだからな」

そんな俺に気が付いたのか、ぽんぽんと、先輩の大きな手が、俺の頭を撫でた。なんとなく俺は嬉しくて、「はい先輩!」と意味もなく頷くと、先輩もなにいきなり返事してんだよ、とクックと笑う。いや、別に、どっかのアヒルさんみたいにクックした訳じゃなくて、喉で押し殺したように笑ったんだよ。
やっぱ先輩かっこいいなぁ、と思ったとき、後ろの方でまた妙な声がする。


「まぁ気にすんな、彼奴らいつもこんなんだからなァ!」
「はい先輩ィ!」


ぶしゅっ
あ、鼻血。


「お、お前らさっきからいい加減にしろもさもさ兄弟が!」
「さっきから気になってるんだけど、もさもさってオレと祐希?」
「他にないだろお前らもさもさだろ特にお前前髪が!」

ボタボタと鼻血を垂れ流したまま俺は右人差し指を、思いっきり祐希へと向ける。戦闘開始の合図まであと三秒。間で春さんが俺のブレザーについた鼻血を一生懸命ぬらしたティッシュで拭いていた。すんません春さんあざっす!

文句があるならその口でいえ! と暗に瞳に込めてみるとどこか不満そうな顔をしたまま、祐希は斜めに首を傾げる。「あのさ」「なんだよ」

「要だってもさもさじゃん」


………たしかに、ちょっと、ながいかも。

(いやいやいや納得しちゃだめだろ俺だめだろ俺)
先輩のメガネがずるりと一センチぐらい下がるのを見て、思わず俺ははっとした。いつの間にやらしっかりと止まった鼻血に、ぐしぐしと顔を左手でぬぐう。

「い、いいんだよっ、要先輩は!」
「なんで。いいならオレと悠太もいいじゃん」
「いいんだよっ!」
「だからなんで」

「かなめせんぱいは、アレがかっこいいんだ!」


力一杯握った拳をそのままに、俺はふんっ、と鼻をならしてちょっと自慢げに部屋を眺めてみた。けれども何故だろうか。ひゅるりと教室の温度が、1、2度、下がったような気がする。
俺の服を掴んだまま、微妙に肩が揺れる春さんに、「どうしたんすか?」と訊いてみた。「や、すみません、な、なんでも……」 なんか声震えてますけど。

春さんへと落としていた視線を、要先輩へと向けてみた。何故だろうか。もの凄く嫌そうに眉毛に皺を寄せて、腕を組んだまま、俺を凝視している。


「要くん。格好いいんだって、よかったね」
「だまれ」
「要さん。格好いいらしいよ、よかったね」
「ホントだまれ」


祐希と悠太は、それぞれ先輩の肩へと置いた手を、ぐるりと俺へと向けた。「君、くんだっけ」
勝手に下呼びするんじゃないと悠太に叫ぶ事も忘れて、俺は、「え、うん」とマヌケにも頷いていた自分に何故だかもの凄く情けない気持ちになる。


「このままオレたちの教室へとおいでおいで」
「もさもさキモイなんだおまえ」
「きもくて結構そして大きく叫ぶんだ」

そして双子は声を合わせた。

「「かなめ先輩カッコイイと!」」


「お前ら本気で黙れ!」





  

2008.07.16