生徒会、勉強する


「この間はお掃除週間って感じでしたねえ」

いやあ、いい運動になりましたけどねぇ、と市井先生が眼鏡をかちゃかちゃいじりながら、私と秋葉くんの隣をポテポテと歩いている。
体育館倉庫に部活棟、ついでに購買部に空き教室、端からごそごそ掃除をしていく私達を見て、「生徒会候補じゃなくって、清掃員バイトの間違いだったの?」とクラスメートに首を傾げられてしまったのだけれど、あながち否定ができなくて、口元をもごつかせたのは記憶に新しい。

「それで、今回は?」

秋葉くんが、ひょい、と首を傾げて、私の手に持つクジを覗きこんだ。私はひゃっ、と肩を飛び跳ねさせて、ぎゅっとクジを握った。秋葉くんは不思議気な顔をしている。市井先生が、ブフッと吹き出す声が聞こえてムッと睨むと、げほげほと咳でごまかされた。「会長?」「これ!」

うん? と先生と秋葉くんが、二人一緒に覗きこむ。そしてなんとも苦い顔をした。「これはちょっと……」「めんどうだな」 この二人の息が合うとは珍しい。喜ばしいことである。けれども私も二人と同じく、長い溜息をついて、ひいたクジと、伝えられた指令を思い返した。



     指令、立橋院生徒の学力成績を、向上させよ



「……曖昧だな」
「曖昧ですね」
「曖昧です」

秋葉くん、市井先生、私の順に、三人うんうんと頷いた。学力を向上と言われても、一晩明けて、いきなり勉強ができるようになる……と、いうものではないと思う。多分。
こんなことを言ってしまうとただの嫌味になってしまうのだけれど、私は今まで勉強と言うもので苦労をしたことがない。ぴらぴら教科書と参考書を一瞬めくってしまうだけで、全部の問も答えも覚えてしまうのだから当たり前だ。だから他人の勉強の方法がまったく理解できない。そんな私にとって、この任務はひどく鬼門のような気がした。

「期間は二週間。確かに付け焼刃でなんとかなる範囲ではある気がするが、その学力の向上とやらの判断はどうすればいいんだ? まさか、二週間勉強を頑張りました。なるほどおめでとう、お疲れ様でした。なんて終わり方を許すような奴らじゃねえだろ」
「ごもっともです」

相変わらずの屋上での作戦会議で、私達三人は顔をつめあわせながら、もぐもぐとご飯を咀嚼した。「しかしですね、秋葉くん、さん」 うんうん、と秋葉くんの言葉に納得していて頷いていた私に向かって、チチチ、と先生は人差し指を振った。秋葉くんは盛大な舌打ちを打ったのだけれども、秋葉くんから先生への態度は毎度のことなので、彼はめげない。「君たち二人、生徒会で忙しくって、学生の本分、忘れちゃいませんか?」

何のことだろう、と言う風に、私はこくりと首を傾げた。「だからあ」 ははん、と笑った。なんだか先生っぽくないような笑い方な気がしたけれども、反対によく似合っている、と言えば似合っているのかもしれない。変な感じだ。

「テストですよ、期末テスト。ちゃんと勉強してます? だめですよー。生徒会にばっかりかまけて、うっかり落第なんてなったら、」





「え」




立橋院学園とは。
すべてをクジで決め、クジにより執行する。つまり全てはクジであり、クジから始まりクジに終わる。それは平等な運の上で成り立ち、だからこそ、私はこの学園を選んだのであって     「え、え、ええええ、えーッ!!!! テスト、あるんですかー!!!??」

「そりゃありますよ。学校ですもん」
「で、でもでもでも、立橋院はくじびきで全部を決めるって」
「クジに選ばれ、クジを選ぶためには権利が必要なんです。ただぐーたらに遊んでくじびきをするだけなんて、立橋院が許すと思います? テストで自身の実力を証明し、その上でクジをひく資格を得る。生徒手帳に載ってますよ、ちゃんと読みました?」
「え、あう、確かに、でも、うううう」

でもでもでも、と手の中のパンをぎゅっと握りしめて、ハの字眉になりながら、「でもでもでも……」「テストがあるってんなら丁度いい。これの学力平均を向上させれば、今回の指令は終了ってことだな」「で、でもー」

うぐぐ、と口元をへたつかせていたら、「なんだ会長」 秋葉くんが、呆れたように私を見ていた。「そんなにテストが嫌なのか?」 嫌である。返答に渋っていたら、ため息をつかれた。

「まーまー、テストが好きな学生さんの方が少ないですよ。努力目標が見えてきて、よきかなよきかな。まっ、今回はお二人とも先生にまかせてください。授業とテストと言えば、僕のフィールドですからね!」
「っていうかお前、一体なんの教師なんだ。授業じゃ見たことないぞ」
「とにかく、僕は各教師に事情を説明してきます。つまり、今回の目標は、生徒に欠点をとらせないこと。そして落第者をゼロにすること!」
「無視か」
「そのためには!」

市井先生が、ぐいっと拳を握りながら、天につきだした。「テストの問題を簡単にして、どんなアホでも100点満点をとれる内容に変更するように働きかけますッ!!!!」 瞬間、先生は秋葉くんに鳩尾を殴られた。



   ***



さすがにそういう大人の力を使うのはナシにしましょう、というか、どう考えてもズルなので怒られちゃいますよ、普通にみんなに勉強を頑張ってもらうしかありません。と私がひどく一般的な台詞を口にすると、「ええー、ダメですかー……めんどくさいなあ」と、教師にあるまじき言葉が一瞬聞こえたような気がしたのだけれど、聞かなかったことにしようと思う。

今回は正攻法で、成績不振者のあぶり出しは先生が放課後までに終えてくれると聞き、私はぼんやりため息をつきながら、階段の端っこに座り込んだ。


     なんだ会長。そんなにテストが嫌なのか?

嫌に決まっている。
テストがないと思って、この学校にやって来たのに、これじゃあ詐欺だ。なんて言ったって、必ず私が一番をとるに決っている。(それが嫌なのに……) ため息をついた。膝の間に頭を置いて、のったりとため息をつく。
嫌な思い出が、ちくりと小さく胸をさした。


「危ないな」

パッと顔を上げた。「そこは椅子ではない」 静かな口調と、低めの声に、一瞬男の人かと思った。けれども違った。「…………橘さん?」 榎本さんと一緒にいた、あの人だ。
彼女は立ったまま、私をじっと見下ろした。私は慌てて立ち上がった。「」 名前を呼ばれて、ぎくりと瞬いた。なんで知っているんだろう。そうした後に、榎本さんからに決っているじゃないか、とほっとした。「お前が会長候補か」 けれども続けられた言葉に、ぎゅっと両手のひらを握った。

「あ、あの、なんで、知って」
「何故知らない? 掃除ばかり、雑用ばかりをしている生徒会候補。有名な話だ」
「榎本さんは」

榎本さんも、知ってるんですか。
そう小さくかすれるように尋ねると、橘さんは不愉快気に眉をひそめた。「あっ、いや、あの、もしそうだったら、ちょっと恥ずかしいなって。いや、恥ずかしいっていうのは、変な意味じゃなくって」 
私は慌てて首を振った。
会長なんてできない。自分ははずれクジをひいてしまった。そんな風に、グチグチとした気持ちを彼にぶつけてしまったことがあるから、もし知られているとしたら、なんとなく恥ずかしくなった。

橘さんは、ほんの少し瞳を落とした後、「さあな」 肯定の言葉が来なかったことに、ちょっとだけホッとした。

「それよりお前は何をしている。会長候補だと言うのなら、周りの目も気遣った方がいい。端っこに座り込んだ情けない人間が頭だと認識されれば、立橋院の権威は地に落ちる」
「あの、少し、考え事を」
「だったら、こんなところで小さくなっていないで、さっさと仲間の元にでも向かえ」

思わず、瞳を開いた。
そうして彼女を見つめると、橘さんはまた眉をひそめた。それがさっきの表情とよく似ていて、怒っているのだろうかと思ったのだけれど、そうではなくて、秋葉くんと同じ、少し不器用な人なのかもしれないと思った。「仲間を信用していないか」 唐突な言葉に、体がこわばった。「お前の判断は正しいな。無条件に人を信じるべきじゃない」 瞬いた。

「人を信じきるな。常に疑いを持て。お前には責任があることを忘れるな」

呟かれた静かな言葉に、息をすることが辛くなった。橘さんは、ただそれだけを私に伝えて、こつりと階段を下りた。変なこと言う人だな。秋葉くんも、先生も好きなんだから、信用していないとか、そんな訳ないじゃないか。違いますよ。橘さん、さようなら。
そんな風に、なんでもない顔をしなければならないと思っていたのに、ぎゅっと胸が痛くて、唇を噛み締めた。ずきずきとお腹が妙に痛い気がした。「おい、」 ふと、名前を呼ばれた。

「え、あ、はい……?」
「いや、別に、どうでもいいことだが」

ちらりとこちらを振り返った橘さんは、相変わらず瞳をつりあげたままなのに、声ばかりが困っているようで、なんだかアンバランスだ。「お前は、ぜんざい、というものを知ってるか?」「…………はい?」



    ***



「みんなで、お勉強がんばりましょうー。い、いえー!」

どんどんどんぱふぱふー。
どん、ぱふ、ぱふー……


ぱちぱちぱち、と手のひらを叩く私の目の前では、明らかにぐったりとやる気のない顔をした生徒たちがじっとりとした顔つきでこっちを見ている。秋葉くんまでもがぼんやり遠くを見つめていて、なんだか悲しくなってきた。

「勉強ってどういうこと? いきなり集まれって言われても、部活があるんですけど」
べしっ、と女の子が机を叩いた。私はううん、と顎をかいて、不機嫌な顔を並べる生徒たちを見つめた。ずらり、と教室の机に並べられた立橋院の生徒達は、市井先生に調べてもらった、落第、退学候補者達である。

学力を向上させろ、なんていっても、この広い立橋院、全員のバックアップに当たるのは、どう考えても無茶な話である。より結果がわかりやすいように、落第者達をゼロにするようにと残りの二週間、補習を毎日開こうと拳を握り、強制集合を図ったものの、なにぶんみなさん勉強は嫌いである。こちらは生徒会という訳でもなく、ただの生徒会候補。大きな顔をして、強制的にひっぱられ、さあ今からお勉強をしましょう     だなんて、納得できるものではないと思う。

秋葉くんは、特に主張をする気はないらしく、部屋の端でうでを組んで壁にもたれかかっている。「会長はお前なんだから、俺は口を出さない。指示はお前がすべきだ」ということらしい。確かにそうだ。「えー……初めましての方がいらっしゃるかもしれません。私は次期生徒会会長候補、と言います」 ごほん、と私は咳をついた。


「実は、現生徒会から、私どものところへ指示が下りました」
     とりあえず、生徒会の名を出すことで牽制を
「毎年あふれる落第、退学者達に、現生徒会役員は胸をいためていらっしゃいます」
     一方的な同情心で、説得力の上塗り
「テストの成績による落第者をより少なくするため、本番までの二週間の放課後、この教室をみなさんのために貸し出ししてくださることになりました」
     強制力の排除により、不快感の低下を狙う


(まさか、私達次期生徒会候補のテストのために、勉強を頑張ってください、だなんて言えないしなあ) にっこりと笑いながら、教卓についていた手のひらで口元をかいた。隣を見ると、ほんの少し驚いたように腕を組んだまま、秋葉くんはこちらに目を向けた。はは、と苦笑する。案外前に立つことは慣れているのである。
(学校代表、なんて、よくあることだったし……) 好きと慣れは別だから、相変わらずドキドキと心臓が痛いけれど、これくらいなら大丈夫だ。


生徒会、という言葉で一瞬ぎくりと生徒たちは反応したものの、相変わらず不機嫌そうに机を叩いた。ざわつく声と文句が響いて、「ストップストップ」とぱたぱた手のひらをはためかせた。

「文句が出てしまう気持ちはわかります。いきなり教室を貸し出す、補習をしましょう、なんて言っても、みなさんには予定がある訳ですから。けれども、落第になって困ってしまうのもわかっているはずです。とにかく赤点回避を目指せば、きっと不安も消えて落ち着くはずです。私達生徒会候補は、みなさんを全面的にバックアップします。任せてください!」

ぼすっ、と胸を叩いてみたけれど、私の薄い胸ではどうにも説得力がかける、ような気がした。
けれども彼らの気概も削がれたというか、考えるべきところがやっぱりあるのか、なくなったザワつきにホッとした。「とりあえず、例年の問題の傾向から考えた、プリントの問題集を作りました! みんなでがんばりましょー! おー!」

相変わらず、先ん出て、一人で寂しく拳を振り上げたのだけれど、のろのろと重たい拳がちらほらと上がって、よしっと一人勝手に口元を緩ませた。