少女と噂の種



また出会った。少女はいつもと変わらぬことなく白いワンピース一枚に、大きな麦わら帽子だ。そしてそのサイズには不釣り合いな大人用の虫捕り網を振りまわしており、夏目の肩へとちょこんと乗った白い猫もどきが、「あれはなんなのだ」と妙に渋いような、可愛らしいような声をあげた。


「あれは……虫を、捕るんだ」
「とってどうする。くうのか」
「そんなわけないだろ」

ひらり、ひらり、と動かされた虫捕り網へと自然と夏目とニャンコ先生の視線が集まる。は気にした様子もなく(それともただ気がついていないだけだろうか)、ただバサバサと動かすだけだ。「どこに虫が?」「さあ、小さくて見えないじゃないか」「この私に見えぬものがあるか!」「先生は野生を逸脱しているからなぁ」

それはほめているのか、と短いしっぽをぴこぴこと揺らす猫の背へと手を伸ばしよしよしと撫でながら、夏目はへと向かう。うだるような暑さは変わらず、聞こえる音はばさばさと振りあげられる虫取り網の音と、どこぞの木に引っ掛かっているらしいみんみんと聞こえる蝉の音ひとつ。


丁度夏目の隣を、彼女が通り過ぎようとしていたときだ。網を振り上げた格好で、は夏目の顔を凝視し、つられるように夏目もを見つめ返す。ちなみにおまけのように夏目の肩へと乗っていた猫も、じいと視線を下した。

「藤原さん」

ぽつりとつぶやいた少女の声に、夏目は暫し瞬いた。夏目はほんの少し柔らかに笑い、「いや、夏目だよ」と屈むようにへと視線を合わせる。「藤原夏目さん?」 結局違う。夏目は曖昧に笑い、の頭へと、すいと手を伸ばそうとした。けれども中途半端にその動きを止め、さっと腰の後ろへと、両の手を移動させる。

お互い、口数が多い人間ではないらしい。みんみんと聞こえる蝉の声のみが反響し、熱いなとそれだけを感じる。場を和ませようとしたのかどうなのか、ニャンコ先生が「ぐにゃー」とだみ声のような、猫には程遠い鳴き声をあげることで、はビクリと肩を震わせ、なんだそれはとでもいうように、パチパチと瞬きを繰り返す。

「こ、こらニャンコ先生」
「せんせい?」
「ああ、うん、そう」

「変ななまえ」、とは呟き、手持ちぶさたを誤魔化すように、右の手に握り締めた、虫捕り網の長い棒を遊ばせた。


夏目はその様子を眺めながらも、ニャンコ先生の急かすのような、カリカリと首すじをなでる動きに負け、ちょいと口元をひねりあげながら、どこかもごつく。

「えー、と、。……ちゃん」
「なに、藤原さん」
「虫を捕っていたの?」

ちょいちょいと指をさせば、はほんの少し嬉しそうにぱちりと目を輝かせ、大きく首を横へと振った。「え、違うの」 それじゃあ一体何をしていたというのだ、と思えば、は真っすぐと夏目へ指をさした。

丁度胸元へと突きだされたそれへと、少々驚いたように息をつめれば、「後ろ」とは端的に言葉を漏らし、夏目はそれに倣うように、振り返る。「後ろにいるの。捕ろうとしたの」「何を?」「おばけ」

「おばけ?」

は頷いた。肩へと乗っかかるニャンコ先生の重さに、夏目は少々辟易しながらも、ゆっくりと息を吐きだし、「それはどんな?」


は、考えるような仕草に首をかしげ、ぱっと虫捕り網を手放した。アスファルトの地面へと、からりと棒がこぼれおちる音が響き、自分の両手を、大きく大きく広げる。「こんな。大きい」

夏目はその様子を見つめながら、彼女の瞳を、のんびりと覗きこんだ。
ぴょんぴょんと小さく跳ね上がる少女へと、確認するように声を落とす。

……ちゃんは、おばけが見えるの?」
「うん」

よどみのないその言葉に、夏目はわずかに微笑み今度こそと、の麦わら帽子の上へと、男子高校生にしては少々色が白く、線の細い手のひらを乗せ、ゆっくりと撫でた。
「そう」 ただ少し、彼は眉を寄せる。は猫のように目を細め、顔を落とす。

ぶさいくな、猫の声が響いた。蝉の音が聞こえた。




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2009/01/20

1000のお題 【757 捕獲】