あの人は、またあの曲がり角を通るだろうか。
小さな事で、嬉しくなります悲しくなります。
そんな事を思いながら私は何度もあの道を通る。あと一歩、ここを曲がったら、またあの男の人とぶつかれるんじゃないかなぁ…と、頭の隅っこで考えて、毎日えいっと一歩を踏み出す。けれどもその度に、両手に持つ買い物袋はがさがさっと情けなく音をたてて、誰もいない曲がり角に、ちょこんと私は一人で立つ(……分かってるよ)
私ってこんなにお馬鹿さんだったっけ? と一瞬首を傾げても、真っ青な空をバサバサッ! と飛ぶ真っ黒いカラスさんが、「カァカァ」と返事するだけだった(むむむ)
じわじわと暑い熱も、ほんの少しづつ柔らかくなって、私の半袖も、長くなってしまった。今では首もとに巻いたマフラーが背中でゆらゆらと揺れる。
けれども、私はやっぱりこの道を通る(だって、会いたい)
もしかして、あの人に会っても、顔とか、声とか忘れちゃってたらどうしよう! なんて思った夜に、布団に入った夢であの人が出てきたとき、心臓がとってもバクバクと音をならして、幸せな、とろっとアイスがとけてしまったような、そんな感覚。でもひとたびパチリと目を開けたら、隣にゴソゴソもぐりこんだ悠くん一人「ゆ、悠くん、ちゃんと自分のお布団でねなさい!」「えーだって、の方が、俺いい」「いいとか悪いとかじゃないのー!」
夢の中の幸せな感覚を思い出して、ドキドキする胸に、しゅんと何かが冷めていく(……夢で、会いたい訳じゃないのに)ドキドキ。しゅん。ドキドキ。しゅん。
一歩、足を踏み出した。毎日通る道角は、相変わらず公園が近くて、どちらかというと人通りも少なくて、灰色よりもちょっと濃いコンクリートが足下に広がる。
ドキドキ、と心臓が音を立てるのは、いっつも変わらない。がさがさ。両手に持つスーパーの袋が音をたてた。
きゅ、と目を瞑る。真っ黒い闇の中で、私は足を一歩踏み出す(…一歩目)(にほめ、)(………さん、)
どすんっ! と軽い衝撃があたった。何度も通り慣れているこの道で、ほんの少し懐かしい感覚に、ドキッと心臓がひときわ大きな音を立てる。ぎゅ、と右手をひっぱられた。転がり落ちる前にひっぱられた腕は、ぴーんと針金のようにまっすぐになって、
(………まさか)
本当に、と瞑った目を、うっすら、ほんの少しづつ、うっすら、
「、だいじょうぶか?」
あんまりにも、見慣れた少年が、目を大きくあけて、こっちをくりっと見つめていた。鼻の頭にちょんちょんとついたそばかすと、つんつんの頭。もう一回、彼は「大丈夫か」といった。
「悠くん」
なんなんだろ。どしーん、って胸の中に、何か重いものが詰め込まれた感じ。にかっと笑った悠くんは、「お母さんがさー、そろそろ暗いから、迎えに行けっつってさー!」 もう一回、三回目の大丈夫か、をいった後に、悠くんは、彼と同じように私をひっぱって、真っ直ぐに立たせて、彼と同じように、私よりも少し高い身長で(悠くんは、野球部を引退して、身長が伸びた)ぽんぽん、と私の頭を撫でるように叩く(撫で方は、ちょっと違うかな)
ありがとう。うん、そういわなきゃダメなはずなのに、ごんごんごん、とどんどん重くなって、何かそのまま引っ張られてしまいそうで。
ぐりぐり押し込まれた目の奥に、ぎゅ、眉毛をよせた「?」ぎゅ、と唇をかんだ「なぁ、?」
ぽろぽろぽろっと、私の目からこぼれた水分は、コンクリートの地面にまあるい染みをつくって、黒く沈む。どさりと落としてしまった袋の中身が心配だ。
「悠くんの、ばかぁ」
悠くんは、おっきな目を、もっと大きくして、私みたいに眉毛をぎゅっとよせた。そのまま私をひっぱって、ぎゅ、と胸の中にもっていく。悠くんの真っ黒いTシャツが、私の目から出た水分で、ほんの少しづつ、染みが出来ていくのが、なんだかとっても、情けない「………ばかー」
「俺、よくわかんねぇけど、ごめんな」と、ちっちゃく悠くんが呟く声が聞こえた。
ほんの少しづつ、太陽がしずんでく。
(…明日は、悠くんが好きなご飯をつくってあげよう)
もうとっくに夏は終わってて、秋も過ぎ去った。

2007.11.10
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