そろそろ、悠くんが受験、する。
短い短い、葛藤の時間を繰り返します。 7
悠くんは私のお兄ちゃんだ。一つ年上だ。つまり、今中学二年生な私の兄、中学三年生は、高校という進学を考えなければいけない。まさか就職するなんてことはないと思っていたし、悠くんは野球がとっても上手なので、いろんな高校から推薦の声がかかっている(らしい)。
だから、高校受験はと甘めに考えていた私がいた。なのに、なのについ先月になって
『俺、西浦受ける!』
家族全員、なんですと!
お茶碗を持って真っ白ほかほかご飯に口をつけようとしていた私は、ぽかーんとして手をすっぱなし、がっちゃーん!「うわわわわっ」
………お茶碗が、割れなくてよかった。
悠くんが西浦を受けるっていった理由はちゃんと分かっているつもりだし、それよりも悠くん自信の進路だ。私に口出しさせる理由はない。
けれど、けれど。真っ赤っかな問題集、真っ白けなノート。素敵に書かれた、E、の文字
(これは、あぶない)
何でだろう。なんで本人よりも、私の方がこんなにビクビクしているんだろう。本当に。もう、これは勉強だ、勉強しかない。西浦にスポーツ推薦はないんだから!
悠くんよりも、真っ赤に燃えあがった私の闘志は、恐ろしい具合にスパークした。元々悠くんに教える為とほんの少し先の文まで予習していたけれど、もう、これは、私が彼の専属家庭教師になるしか、ないわけで(お姉ちゃんやお兄ちゃん達は、がんばってね、と随分気楽そうにいっていた!)(むむむ)
今日も今日とて、何処かへとストレス発散へと遊びに行った悠くんに涙しながら、夜はきっちりしごいてやると一人図書室で黙々。初めて来た場所なんだけど、意外と五月蠅い声に、明日からは、家で勉強しようかなぁ、と思った(ついでにスーパーへ行くから、いいかと思ったんだけどな)
ちらっと、腕に巻いた時計を見て、もう少しで5時を指そうとするそれに、閉館時間って、とくるくる思考を回らせる。(もうちょっと、かな)(そうだ、スーパーの後、あの公園に行こう)
こきこきっ、と首を横に。随分長くいたなぁ、なんて、ちらっと、目の前を、見ちゃった、私。
(…………あれ)
目の前でカリカリと音を立てる男の人を、見て、一瞬、目をぱちくり。
もしかして、私幻覚ってのを見始めてるのかしら、と考えて、ありがちかもしれないけど、ほっぺたをつまんでみた。あんまり痛いのは好きじゃないから、ちょっとしか力が入らなかったけど、だいじょうぶ、寝ぼけてるんじゃないみたい、私。
ごくん、と一回唾をのんで、徐々に速くなっていく心臓。どくどく、どくどく、(あいたかった)けれど、なんだろう。
案外大きな目をして、大きな体をしていて、カリカリと音を立てて問題集に向かっている彼を、こっそりと盗み見るようにして、じっと、見つめて。
(あいたかった)
けど、私は、会ってどうしたかったんだろう。
ごく、と唾を飲み込んで、ドキドキとまるで空に登ってしまいそうな気持ちを、押し込めて、カリカリカリ。………だって、考えてもみて欲しい。こんな、赤の他人に近い知り合いが、長い長い間、自分の事を考えてたなんて知られたら(す、ストーカーっていわれても、不思議じゃないよ)
いざふりおちて来たチャンスに、もう、だめだ、と思った。だいたい、彼が私の事を知っているなんて考えない方がいいと思う。忘れてるかもしれないのに。
なるべくマイナスに、マイナスに、と考えようとしているのに、心の中じゃ、まだ、ふわふわ。話しかけようよ、そうだよ、話しかけてみなよ だから、駄目だってば。
ながい。
五、と書かれた部分に時計の針がかちっと指せば、流れ出す放送に、そんな事考える暇もなくみんなみんな帰ってしまうはずなのに。痛いぐらいにはじけそうになった私に、時計の秒数が、とってもとっても長く感じる(はやく、時間が進んで欲しい)
ぎゅ、と強く目を瞑ったけれど、そんな事をしても、時間のスピードは変わる訳がない。(はやく)胸の奥が、むしゃくしゃする。(はやく、終わってほしい)
息を吸った。はっ、と短い音と一緒に、軽く上がった視線が、ほんの少し、絡む。彼だった。彼も、私と一緒に上を向いてしまったらしい。
パチパチ。そんな音が、私たちの間で聞こえた気がして、無性に、恥ずかしくなって、「あ」声にならない、声がもれた。多分、私の頬は赤く染まったと思う(だって、こんなにあつい)
(会いたかった、です)
こっそりと、心の中で呟いた。かちっ、と。聞こえるはずもないけれど、耳の奥でそんな音が聞こえて、あれ、と思った瞬間「5時になりました、自習室は閉館とします、5時になりました、自習室は 」
彼が、ぱくりと小さく口を動かした気がしたけれど、一瞬にして、さっきの何倍も五月蠅くなった自習室の中で、何をいっているか、わからなくて。ほんの少し、首を傾げた後に、お互い、クスリ、と笑ってしまった。
流れるように人が出口へと抜けていく中で、私も、それについて行く。
ほんの少しずつ遠くになる、名前も知らないあの人がいて、(明日も、来よう)
だって会いたい、と思う私は、間違っているのかな。
(そんで、今日の夜は悠くんをしごく!)

2007.12.20
|