うちの学校にはフレディーがいたらしい。 「っていうかフレディーってなんだよ」 「フレディー・マーキュリーだよ」 「外国人かよ」 「いいや日本人だったらしい」 「そのフレディーってなんだよ」 「ヒゲだってよ」 「おっさんか」 「去年卒業したんだと」 「それでなんでヒゲなんだよ!」 民夫くん、すっかり噂になってやすぜ、と私は机に頬杖をつきながら、なんとも言えない表情でクラスメートの声を聞いた。フレディー・マーキュリー。中学生の、ついでにいうと時代が違う私達から言わせてみれば、それって誰? となる人の方が多いんじゃないだろうか。 ある日いきなり、ロックのCDを抱きしめた民夫くんが、ボロボロと涙をこぼしながら、「俺はフレディーになる」と主張したときは、「葉っぱの?」と思わず聞いてしまった。がつっ、と両方のほっぺたを片手でつまみ上げられ、うごごごご、と人外の言葉を発してしまった。痛かった。 じゃかじゃかラジカセをかけながら、「マイ・ソウルソング、マイ・ソウルソング」としゃこしゃこ奇妙な踊りを始めたとき、私とウチくんはそっと並んで体育座りをしながら彼を見上げた。ウチくんは若干死んだような表情をして、途中からどうでも良さ気にスルーして、ずるずるジュースをすすっていた。私はがくがく硬直したまま、彼の踊りを見続けた。 青木さんのとこの民夫くんは、なんだかちょっと変わった子ねえ。 奥様方の間でそんな噂が流れるようになったのは、まあ仕方ないことな気がする。その話を私はウチくんと手をつないで、ぽてぽてと歩いているときに聞いてしまった。 私は多分小学校に入ってもいない頃のことで、3つ上の幼馴染は、相変わらず小さかったけれど、どてどてと私をひっぱって奥様方のところに向かっていった。「好きなことがあることが、だめなことですか」 ふんっ、と鼻から息を出すウチくんを見て、みんなちょっと困ったような顔をして、そそくさと消えていった。 私はなんだか誇らしい気持ちになって、ウチくんとつないでいる手を反対の手で、ぱたぱたスカートを叩いた。「まあでも、変なやつには違いないよな」とすっぱりと聞こえた声に、ガクッと力が抜けた。 相変わらずのフレディー熱は盛り上がり、リスペクトをするあまりにおひげを伸ばして、オールバックを決め込んだ民夫くんを見て、私達は若干虚しい目で彼を見つめた。まあでも、好きなことがあるということは、きっといいことだ。 そんな懐かしい記憶を思い出しながら私は新しいクラスから、ぼんやりと窓の外を見つめた。さすがの入学式、外で体育をしている生徒は一人もいない。ほんのちょっと前まで、ここにウチくん達がいたんだなあ、と思うと、嬉しいけど寂しい。(……テニス部かあ……) ウチくんは、ちっちゃいけど運動が得意だ。反対に、民夫くんはおっきいのに結構どんくさい。残念なことにも、私はどっちかというと民夫くん側の人種である。 (ウチくんと同じ、テニス部に、入ろうかなあ……) そこまで考えて、そんなところまで一緒にしちゃうのはどうかなあ、と思った。なんだかずるずる後ろにくっついて行ってるだけの子みたいだ。それにウチくん、高校じゃテニスをしないって言ってたし。 「あーあ」 と、ため息をついたとき、「おっ、じゃん」と覚えのある声をかけられた。「やあ、なおたくん」「……わざとはやめろよ、たかだだろ。尚田」「わかってるよー、同じ小学校だし」 だったらわざと間違えんな、と尚田くんが私の前の席に座った。「なんかちょっとからかいたい気分だった」 ごめんよう。と机にぺったり顔をつけると、ふーん、と尚田くんは目を細めて、さっきまでの私と同じくグラウンドを見つめていた。 「お前もうちの中学だったんだな」 「うん、まあね」 小学校からの持ち上がりが少ないから、なんとなく驚いた。「尚田くんは、部活どうする?」 ふと疑問に思った言葉に、「考え中」と彼は静かに呟いた。「テニス部に入るか、テニスクラブに入るか、その他にするかって感じ」「ほほう」 なんだかテニスづいてる。 「まあ、テニスって、人気だしね。うちの中学も強いし」 「そうなのか」 うん、と頷いた。去年卒業した部長さんも強かったけど、残った二年生もすっごく頼りになるって聞いてるよ、と無意識に言葉を漏らすと、「なんでお前、そんなこと知ってんの?」と尚田くんは大きな目をきょとんとさせた。私は返事をすることをやめて、またもう一度机に額をくっつけた。ウチくんが入っていた部活だったから、いっつもいっつもこっそり応援に行っていた、なんて言えるわけがない。「えすぱー……」「はいはい」 尚田くんが、適当に生返事をした。 「うち、姉ちゃんとイトコの兄ちゃんがしてんだけどさ、スッゲーつえーの」 何がだろう、と思ったけれども、会話の流れからしてテニスのことだろう。「ふーん……でも尚田くん、小学校のとき野球クラブに入ってなかったっけ」 もしかしたら気のせいかもしれない。「まあそうなんだけどさー」と尚田くんは眉をひねった。「お姉さん達はクラブ?」 部活だったら、彼の候補の中には入らないと思った。 「まあ。姉ちゃんは高校はテニス部に入るっぽいけど」 「ふうん」 別に、彼は私に意見を求めたわけじゃないだろう。でもなんとなく、「クラブでいいんじゃない?」 ぱたぱた、と教室のカーテンが揺れていた。「尚田くんは、お姉さんたちと同じことしたいんでしょ」 ぼんやりと机の板目を見て、数秒が立った。あ、と私は顔を上げた。なんとなく、自分のことと重ねてしまった。「ごめん、適当なこと言ったかも」 気にしないでと首を振った。 尚田くんは、別にどうでも良さ気な顔をしていて、ん、と短く頷いた。椅子から立ち上がって、自分の席に戻っていく。(どうしようかなあ) 入ってきた先生の顔を覚えて、ゆっくりと天井を見上げた。 結局、私は自身の能力と相談して、テニス部には入らなかった。ぜんぜん違う文化部に入部届を出して、尚田くんはテニスクラブに所属することにしたらしい。 部活動って、なんだか不思議だなと思いながら、週に二回の活動日にせいを出して、ちまちまと日々を過ごしていたある日、私は衝撃的な事実を知った。 お庭にホースで水を撒いていると、夕暮れの中で、ウチくんと民夫くんが一緒に歩を進めている。「あ、おかえりなさいー」 そう言った二人の背中には、見覚えのあるラケットの形をした鞄が背負われていたのだ。思わずぶしゅっとホースの先を握りしめた。「え、あ、あれ、ウチくん、テニス、もうしないんじゃなかったの!?」「ん、ああ、やっぱ入ったらしたくなってさ」「えーっ!!」 えーっ!! ともう一回、私は叫んだ。ぶしゅっと水が飛んでいく。「おい、ひっかかたんだけど……」「あ、ごめん民夫くん、全然見えてなかった」「ちなみに俺もウチくんと同じ部活だ」「ええええーっ!!!!??」 なんでなんで、とホースを握り締めると、「かかっとるかかっとる!!」「なんでー!! 中学じゃ違ったじゃんー! 民夫くん運動へたっぴじゃーん!!!」「し、新入部員がいないんだぞ! 俺がウチくんを一人にさせるわけがないだろうがーっ!!!」「うらぎりだーッ! 横暴だーッ!!」 民夫くんの裏切りものー!! 私だってウチくんと一緒にいたいよー!!! と叫ぶだけ叫んで、私は即座に家の中に逃げ込んだ。それから数日間、ぶうたれた表情でベットの中に潜り込んで、ばたばたと足を振った。ウチくんは基本的にスルーであった。寧ろこっちの方が寂しくなって、そそくさとウチくんのおうちに遊びに行くと、「あらちゃん」とウチくんのお母さんが朗らかな顔で迎えてくれた。私は慌てて頭を下げて、「し、しつれいします、こ、これどうぞ」と言いながらお母さんから渡された里芋の煮っころがしをおばさんに渡した。 ぎい、とウチくんのお部屋のドアをあけると、カーペットの上で、ウチくんはテニスの雑誌を読んでいた。ちら、とこっちを見たウチくんは、「あ、か」とそれだけ言って、またペラペラとページをめくった。ドライな反応である。 相変わらず綺麗なウチくんのお部屋をちらりと見回して、こそこそと私はウチくんの前に座り込んだ。ぺらぺら、とめくるページの音ばかりが聞こえて、なんの相手もしてくれなくて寂しい。でも邪魔もしたくない。うう、うう、うう、と色々と考えた結果、体育座りで彼を見つめていると、「読みづらい」と怒られた。なんてこった。そうした後に、ぽんぽんと頭をなでられた。 私はパッと嬉しくなって、ごそごそとウチくんの後ろに回りこんで、背中から抱きついた。「、重いんだけど」「んふふー」「ぬああ!!? 、俺のウチきゅんに何してる!?」「唐突にやってきて邪魔しないで民夫くんー!!」「…………つーかお前ら、一体俺の何なんだ?」 ← TOP → 2012/09/21 |