「あ、ウチくーん」 がちゃん、と家のドアを押した。ぼんやりと光る街灯の下で、玄関前をてくてくと歩く男の子の影が見えた。半袖のシャツを着て、わんこのリードを持ったウチくんが、ちろ、とこっちを見上げた。「みつあき2号のお散歩?」 とてとてと玄関ポーチを下りて、扉を開けた。「うん。は?」 もう遅いぞ、と言うように、真っ暗な空を見上げる。 少しずつ暑くなって、日が暮れる時間が早くなる。私はお財布を見せて、「お母さんが、レモン買い忘れたから買って来て、だって」「レモン?」「からあげー」 ぽんぽん、と彼の前に足を出した。「危ないんじゃないか?」「近いから、だいじょーぶ」 夜の9時まで営業中な、便利でお手軽なスーパーが、歩いて五分の目と鼻の先だ。 ウチくんはほんの少しため息をついて、「ほら、行くぞ」とみつあき二号をひっぱった。ぱたぱた、とみつあき2号は尻尾を振って、お家に帰らないの? と言うようにウチくんを見上げた。私はちょっと振り返ったまま、「心配してくれるんだー」といひひ、と笑った。ウチくんはきょとんとしたように私を見下ろして、「当たり前だろ、女の子なんだから」 ぽふ、と顔が赤くなった。 ぱぱ、と右手右足を一緒に出して、大股で彼の前を歩いた。ぺちぺち、とこっそり両手でほっぺを叩いた後、びしっと屹立した。不思議気にウチくんとみつあき2号がやってきて、私はくるっ、とウチくんの隣に回ると、にかっと笑った。ウチくんは不思議気にこっちを見ていた。 「ウチくん、部活、どーお? 新人戦、もうちょっとなんでしょ?」 「あー」 まあ、なるようになるんじゃないかな、と言うウチくんに、「でも、ウチくん」 頑張ってるし、上手だから大丈夫だよ、と言おうとして口をつぐんだ。「あ、えと、その、ふれふれー」「なんだそれ」 ぷ、とウチくんが笑った。またパッと顔が赤くなった。 (私、テニスしてないし) 応援に行ってるけども、いっつも隠れて、こそこそしてる。なんとなく、頑張っているウチくんの邪魔をしたくなくって、フェンスの向こう側から、ぽんぽんと飛ぶ黄色い球を追いかけるウチくんを見て、きゅんとしてる。「あ、えっと、その、結局、新入部員は民夫くんと二人だけ?」「まあね」 ちょっとだけ、困ったみたいにウチくんは笑った。 「私、運動部じゃないからよくわかんないけど……一年生が二人って、ものすごーく少なくない?」 「想像の通り、少ないけどな」 っていうかそもそも、三年が一人、二年も三人だし、と呟く。話にはきいていたが、想像以上の少なさだ。 「大変?」 「まあ、幕ノ鎌は私立じゃないからコーチもいないし」 そういう意味じゃ、大変かもな。とウチくんはみつあき2号のリードを引っ張った。けれども言葉の割には案外楽しそうで、私はちょこちょことウチくんの近くによって、くいくい、とシャツをひっぱる。「先輩、良い人?」「んー……」 ちょっと考えた。「一緒にテニスができて、嬉しいかな」 なんだかちょっと、私も一緒に嬉しくなった。「楽しいっていいね」 ウチくんはちょっとだけ笑っていた。 「民夫くんは? どんな感じ?」 「まあ、相変わらず」 サーブが全然決まらなくって、「民夫ー」と呆れたような顔をするウチくんに向かって、「ごめんねごめんねウチきゅんごめんね」とぺこぺこ大きな体を丸めている民夫くんの姿が想像できて、ぶっ、と笑ってしまった。 ふんふん、とみつあき2号が足をとめて、周りの匂いをかいでいる。珍しい散歩コースが楽しいのかもしれない。「は? 中学。部活にも入ったんだろ?」「んー……まーまー」 なんだそれ、とウチくんは口元をへの字にした。 「あいかわらず、背の順じゃ前のほーな感じ。まあ、ウチくんよりおっきくなりたくないから別にいいけど」 「あっそ……」 ウチくんウチくん、と私はパッと両手を出した。お財布はポケットの中に入れておいた。「手、つなご!」 ふんふんふん、とみつあき2号が尻尾をふって、くるくると回っている。ウチくんはきょとん、と私の両手を見つめたあと、「、お前いくつだと思ってんだよ」「ウチくんの3つ下!」「そろそろそういうのは卒業な」 すたすた、と私の隣を通りすぎていくウチくんに、「えー」とぶうたれた声を出した。ばたばた、と手持ち無沙汰になった手のひらで太ももを叩いて、こつこつ、と地面を足で蹴る。「えー」 もう一回言っても、ウチくんは気にせず行ってしまう。きっと、もう少ししたら振り返ってくれる。「ー」と呆れたような声を出して、こっちに来い、と待っていてくれると思う。 でも、それを期待するのは、なんだか自分がお子ちゃまだと認めるみたいで、私はむっ、と顔を引き締めた後、大股でウチくんの後を追った。きゅっきゅっ、と拳を握って、小さく小さくため息をついた。 少しだけ、久しぶりにウチくんと手のひらをつないだ想像をして、耳たぶ辺りを熱くした後、なんでもない顔をして、へへ、と笑った。「ウチくん、お店でお買い物してる間、待っててくれる?」「がとろとろしないんならな」「しないよ、だってレモン一個だけだよ」「でもお前、民夫とおんなじでどんくさいしなあ」「大丈夫だったら。ね、ね」「服が伸びる」「ウチくーん」 わかったわかった、とウチくんは私の頭をぽんぽん叩いて、そいじゃあ行ってこい、とスーパーを指さした。「うん、わかった!」とウチくんに手を振りながら駆け出すと、「走らない。ゆっくり。あとちゃんと前を見ろ」 怪我するぞ、と言う風に口の周りを手でかこって、ウチくんが大きな声を出した。「うん!」と私は頷いた。 くるっと顔を負けに向けて、私はちょっと口元に力を入れた。ぐい、と一文字に引き結んで、ちょっと顔を下げて、きゅっ、と目を瞑った後、すぐさま前方を見つめた。ほっぺたが、やっぱりちょっとかっかしてる。ぺちぺち、と両手で叩いた。 (すごく、好きだなあ) ウチくんのこと、好きだなあ。 ← TOP → 2012/09/21 |