ウチくんは、高校2年生になった。 私といえば、中学2年生で、ちょっとだけ勉強が難しくなった。 「ウチくん、まだ帰ってこないのかな……」 ごろごろ、と自分の部屋でねっころがって、お向かいさんの窓を覗いてみる。暗い部屋にはシャッとカーテンがひかれていて、部屋の主の帰宅は、まだまだですよ、とこっちにあっかんべーと主張されているみたいだ。 私は自分の部屋のカーテンの端っこを握りしめて、「うー……」と唸った。それからしょぼけて頭を下げた。当たり前だ。なんたって、そろそろ大会が近づいている。 運動部とは無縁なはずの自分なのに、いつの間にかそこいらの人たちよりも、よっぽどテニス部のスケジュールに詳しくなってしまっているのだから、なんだか変な話だ。 幕ノ鎌高校テニス部と言えば、あんまり強くない。毎回一二回戦で敗退して、実は部活の中で一番強いのはウチくんだ。その次がのっぽの先輩で、がんばれ、がんばれ、とフェンスが額にくっつくくらいに、一人勝手に応援していた。審判の人の声に、がっくりと肩を落とすウチくんを、私はきゅっと瞳を細めて見つめていた。ずっとウチくんの背中を見ていた。 ウチくんは頑張ってる。だからそれだけでも十分だと私は思う。でもやっぱり勝ってほしい。やった、と笑って、仲間のみんなと手のひらをあわせているウチくんをもっとみたい。コートの真ん中で、ラケットを持ってぽつんと立って、汗をぬぐって瞳をつむるウチくんは、どこか少し悲しかった。でも私は結局コートの外に立っていて、そんなふうに、勝手にいろんなことを考えるのも失礼かもしれない、とよくわからない。でも応援したい。(それでも、会いたいなあ……) はー、と部屋の端っこに座り込んで、膝の上に頭をのせた。もし今日ウチくんが帰って来ても、きっと部活でつかれている。だから構うのは失礼だし、全然応援の心情に沿っていない。(うー……)でも会いたい。 ここ最近、ずっとウチくんと遊んでない。 だから今更そんなことは気にする必要はナシ、とウチくんは言っていたけれど、でもやっぱり、それに甘えちゃだめだと思うのだ。いつも甘えてべったりだけど。 はー、とまたため息をつきながら、窓の外を覗いてみた。明かりがついている。(あ) 思わず、部屋から転がり落ちるみたいに飛び出した。ドタドタ階段を降りて、玄関に出た。でもそうした後に、ウチくんはとっくの昔に部屋に入った後で、今更私が外に出ても遅いんだ、と気づいて、赤面した。「はー……」 ぽてりとポーチの上で座って、ウチくんの部屋を見上げた。なんだか遠い。(基本的に、十分ジャマ……) だよなあ、といつの間にかその部分のセリフだけ抜き出して、勝手に傷つきそうになった。ダメな子だ。 「お前なにしとんの?」 「え?」 パッと顔をあげた。玄関の小さな明かりに照らされた民夫くんの顔が中々にショッキングで、「ヒギョッ!?」と妙な悲鳴を上げてしまった。 「、お前今なんで叫んだんだ……?」 「いやその、まあ、うん。民夫くん、ウチくんと帰って来たの?」 「まあな」 ウチきゅんとの至福な練習タイムが終了したからな、とフフリと顎ひげを撫でるちょっと老けた高校生男子に、少しだけムカッとした。「……どうせ練習でも民夫くんがウチくんの足ひっぱりまくってるくせに」「おまっ! ちょ! そのとおりだけどな!? うるせえわかっとるけどな!?」「お、おおう、ごめん、あの、ほんとごめん謝るから揺さぶらないでぇ……!」 羨ましくって性格の悪いことを言ってしまいました。 俺だって精一杯やっとるんじゃーい! と拳を握る民夫くんに、それはそうだとなんだかちょっと申し訳なくなった。すまぬと心の中でもう一回謝って、ぽとんと一つ、ため息をこぼした。テニスラケットを抱え直した民夫くんが、首を傾げた。 「で、お前何しとんの?」 「え、あ、うん」 上手い言い訳が見つからなかった。 けれども、さすがに付き合いが長い。すぐに民夫くんは、私の行動を理解したらしい。 「なんだ、ウチくんに会いたいんなら呼べばいいだろ。おーい! ウチきゅーん!!」 「あ、こらっ、民夫くん!」 ストップストップ、と必死で民夫くんのブレザーを掴んでも、民夫くんはウチくんの窓に向かって、「おーい、おーい、ウチきゅーん、ウチくーん、うっちきゅーん!!!」「民夫うるさいっ!!!!!」 近所迷惑だろうが! と勢い良く開かれた窓を見上げて、私はちょっとだけ顔が赤くなった。「ウチくん、さっきぶりだね!」「なんなんだよ一体……あ、?」 びくっ、と民夫くんのブレザーを持つ手が震えた。少しだけ、民夫くんの影にかくれた。でも大丈夫だ、夜だから、こっちの顔なんてウチくんにはきっと全然見えていない。精一杯息をすった、それから、「あの、ウチくん、ひさしぶり!」「ん? おう」 ウチくんの声だ。 ウチくんの声だ、とお腹の辺りがぽかぽかして、どきどきとした。民夫くんの服をひっぱると、民夫くんの大きな手のひらが、ぽんと頭の上にのっかった。思わず、唇を噛んだ。 「それでおまえら、何してんだ? 夜だぞ?」 「えへへー、ちょっとねー」 「まあいいけど、さっさと帰れよ。もな」 「う、うん! 帰る、ウチくんおやすみ!」 「寝るにはちょっと早くないか? まあいいけど」 おやすみ。 ← TOP → 2013/02/11 |