みーん、みんみんみん、と蝉の音ばかりが聞こえる。


「ウチくんがいない……」
「ウチくんがいない……」
「ウチくんがいない……」
「俺のウチきゅんがいない……」
「民夫くんのじゃないけどウチくんがいない……」
「いやウチきゅんは俺ので」
「民夫くんのじゃないーッ!!!!」

なんだか随分前に、同じようなことをしたような気がしないような気のせいなような。
インターハイににて出場した滝田さんのヒッティングパートナーとして選ばれたウチくんは、がたんごとんと新幹線に乗って、遠い岩手の地まで消えてしまったのである。


ひってぃんぐぱーとなー。なんだそりゃ、と思いながら民夫くんに聞いてみたところによると、テニスは一人でするわけではないのだから、練習用に珠を出してくれる人が必要だというわけだ。なんでそれでウチくんなの、部長だから? と首をかしげると、それもあるけれども、ウチくんが滝田くんを除いて一番テニスがうまいからじゃないか、と言われたとき、なんだかほっぺの辺りがほかほかして、嬉しくってたまらなかった。じゃあ民夫くん、ウチくんはいつ帰ってくるの? という最後の質問に、滝田が負けたら、と言われた。なるほど。だったらウチくん、早く帰ってきて、なんて嘘でも思えないじゃないか。

ウチくんには早く帰ってきてほしい、でも滝田さんには頑張って欲しい。話したこともなくって、コート上の彼をぼんやりと見たことしかないけど、身内贔屓な気持ちは健在だ。いつの間にか勝手に知り合いみたいな気持ちになって、精一杯エールを飛ばしている自分がいる。
来年こそは俺とウチくんがインターハイに、とキリリとした顔をしている民夫くんに、夢は大きい方がいいね、と適当な返事をしておいた。

「はー……あついなあ……」

ちりんちりん、と縁側で風鈴の音がきこえた。好きな音の一つだ。もう一つ、ウチくんがテニスをする音も好きだ。

、宿題はどうなんだ。どうせできてないんだろー」
「もう子どもじゃないです。もう半分は終わっちゃってるね。民夫くんこそ全然でしょ」
「バカにするな。全然だ」
「ダメ過ぎるね」

民夫くんのお母さんが出してくれたスイカを、しゃくりとかじった。中学生と高校生。別にそんなに遠くない。そう思いたいのに、ものすごく遠いような気がした。「民夫くん、ウチくんって、大学に行くんだよね」「そうだろうな」「遠いところに行くのかな」 そうじゃなかったらいいな、と思う。でもそんなの分からない。見ないフリをしたいのに、ウチくんの高校生活はもう半分が終わってしまった。

はどうするんだ、高校」
「……わかんない」

小学と中学はウチくんと民夫くんと同じだ。でもそれは私が選んだことじゃない。近所にいて、私立じゃないんなら同じ学校になるのは当たり前のことだ。こっそり、彼らがいないとわかっていても、同じ学校になることは嬉しかった。でも次は違う。高校は自分で選ばなきゃならない。ウチくんと民夫くんがいるから。いいや、いたから。そんな理由で選ぶのは、ダメなんじゃないかな、と心の端っこの方でぽそぽそ呟く自分がいる。

「幕ノ鎌とかいーんじゃないかー。近いしな。いい学校だぞ」
そんな私の葛藤も知らず、お髭にスイカのタネをくっつけて、民夫くんは笑った。私はうん、と頷いた。

ずっと一緒になんて、いられないのだ。

「あのさ、民夫くん」
「ん?」
「ウチくんって、か、彼女とか、い、いるのかな」
「いないだろ。多分。ちなみに俺は」
「それは知ってる」

そっか、いないのか、とウチくんに確認するなんて、絶対にできっこないことをこっそり民夫くんに聞いて安心した。でもウチくんはちっちゃいけどかっこいい。もしかすると、クラスにウチくんのことを好きな人がいるのかもしれない。大学に行ったら、彼女ができてしまうかもしれない。「あ、あのさ!」 大きく出した声は、ちょっとだけひっくり返った。民夫くんが、訝しげな目で私を見ていた。

「う、ウチくんにさ、彼女ができたらさ、あの、民夫くん、ウチくんと、一緒にいれなくなっちゃうと思うんだ。でもさ、その、もしウチくんの彼女が私だったら」

だったら。
それ以上、うまく声がでなかった。耳の後ろが痛くなって、顔を伏せた。なぜだか一瞬、瞳が滲んだ。出てきた鼻水を我慢しようと思って、民夫くんにばれないようにと、ほんのちょっと吸い込んだ。でも駄目だ。「ごめんなさい……」 ちりんちりん、と風鈴の音がする。

くしゃくしゃと、頭を撫でられた。





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2013/02/16