「う、うちくん」

ほんの少し、つぶやいてみた。窓越しだったから、聞こえるわけがない。てくてく、と部活帰りのウチくんが、私の家の前を通っていく。あ、ともう少し大きな声を出そうとして、「す……」 すきです。ほんのちょっと前まで、何度も言えていた言葉を思い出した。そのまま窓ガラスの前に座り込んで、体育座りをした。(私はウチくんが好きなんだ)

クラスの女の子達が、好きな男の子がいるけど、中々チョコを渡せない、と言っているのを見て、「変だなあ」とずっと思っていた。好きだったら、好きですと言って、そのまま渡してしまえばいいのだ。それなのになんで渡さないんだろう、と思っていたのだけれども、その気持ちがやっとわかった。ウチくん達に渡す予定だったはずのチョコレートは、とっくの昔に私のお腹の中に収まってしまった。
(変って思われてるからな)

毎年あげていたのに、なんで今年だけないんだろう。
(でも多分、ああないんだなあって、それだけだ)

おい、今年はチョコがないんかーい、そう言って拳を握る民夫くんに、「忙しかったんだよ!」と言ったら、「そんならしゃあないな」と一言だけで終わってしまった。きっとそんなもんなのだ。
(来年からどうしよう)

本当はあげたい。好きですっていいたい。「」 びくっとした。

背中を預けてもたれていたガラスが、こんこん、と音を鳴らしている。「さっきから呼んでるだろ」 ガラス越しにくぐもった声がした。「あ、あう、あ……」 ぱくぱく、と口元を動かして、見上げてもやっぱりちっちゃいウチくんを見た。でも好きだ。かっこいい。

「……、俺怪しいから開けてほしいんだけど」
「ごごっごめん!」

からから、と窓を開けると、ひゅっと冷たい風がほっぺたをなでた。よっこいせ、と窓の枠に腰掛けてフローリングにお尻をのせたウチくんの荷物が、どしんと重たい音を立てた。ウチくんの匂いがする。きゅっと瞳を閉じた。「真っ赤だぞ、風邪でもひいてるのか」「ひっ、ひいて、ない……」

ぺと、とほっぺに手のひらを当てられて、「ひゃうっ」 どこのご褒美かわからなくって、そのままのけぞりながら思いっきり床に頭を打った。痛い。

「…………やっぱお前、どこか悪いんじゃ?」
「たぶん……ちょっと……」

疲れてるのかも、とか適当なこと言ってみた。「じゃあ、やめとくかあ」 ぷん、と短めに唇を尖らすウチくんを、寝っ転がったまま見つめた。「……なにを?」 そういえば、制服のままだった。ウチくんに気づかれないようにスカートをひっぱって、ごろん、と丸くなった。「どっか行くんじゃないのか?」 言葉が端的で、よくわからない。

ごそごそ、と起き上がった。オレンジ色の雲が流れている。今日はいつもよりも早く部活が終わったんだろう。じゃーね、ウチくん、と言ってお家の中に入っていった民夫くんの声は、随分前に聞こえていた。「いつも。3月はどっか連れてけって言ってただろ」 ぱち、と温かい音がした。ような気がした。


お返しはいらないから、一緒に遊んで。いつもムリにお願いして、しょうがないな、とウチくんは眉を寄せてため息をついていた。今年はあげてない。なのにいいの、と聞こうとして、やっぱりやめた。「い、いく」「ん」 どこに行こうか、と言おうとして、頭の中の私がえいっとウチくんの腕に抱きついてた。けれども実際は体がカチンコチンでそのままウチくんの隣で小さくなってただけだった。

「別に、てきとーにぶらつくのでいいよな」
「ん」
「来年の前借りだからな」
「……んっ!」










「…………あれ?」

ぱち、と小麦色の少女が瞳を瞬いた。「どったん、中山」 んん、と瞳を細くしたのは一瞬だ。東京は人混みばかりで、すぐさま目的は見失ってしまう。「んにゃ、宮本気のせいかも」「なにがだよ」 さみさみ、と鼻をすすりながら、首元のマフラーで口元を隠す宮本に、「おとこらしくなーい」「うるへー」

もう一回、振り向いてみた。だからなにが気のせいなんだよ。聞かれた言葉に、んん、とかな子は口元をつきだした。「ほら、あんたんとこのちっちゃい先輩」「ウチくん先輩か?」「一瞬で分かるのもなんかしつれーだけど」「いやお前がいったんだろ」

「その先輩が、女の子と手つないでた」
「えっ」

まじか、と瞬いた。「ような気がしてた」「いやどっちだよ」 あたし、あんたんとこの先輩よくしんないもん、と言えば、そりゃそうか、と納得している。「でもなんか、ふたりともちっちゃくて可愛かったかも」 ちまちましてた、と一瞬だけ見えた姿を思い出した。女の子はまっかっかだった。ような気がする。「ふーん」

「なあ中山、お前さ、テニス部のマネやれよ」
「いやだよ。もう一人いるじゃん」
「一人じゃ大変だろ。新入生も増えるしさ」

やだよばか、と舌を出した。「マックくらいおごってくんないとムリ」 パッと頬が赤くなった。「おごる!」 いくらでもおごったるぞ、と鼻の頭を赤くして必死に叫ぶ姿が面白くて、「やっぱいや」「は!?」
けらけら、と笑った。アスファルトの道路が、しっとりと濡れて、やさしい色をしていた。


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2014/02/16