「ん、ん、んん〜」
色付きメガネに、教師としては長い髪が耳元を隠している。今日のところは後ろに一つにくくっているらしい。熱くないのかな、とときおり感じる。動きやすげな服装でこちらをスキップしてやって来るのは、今から練習の時間が近いからだ。「……どうかしましたか?」「ああ、大河内。いや、さっき不審な女子を見つけてな」

女子マネージャー志望かとは思ったが、制服も違うし、多分違うだろ、と幕ノ鎌のコートを見つめる。「……あー、滝田のファンの子とか」 以前、来たことがある。自分との関わりはあまりなかったが、伊出達と楽しげに去っていく姿を見た。「んにゃ、別の。というか、中学生だろうなあ。ちまちましてたんだが、声を掛けたら脱兎のごとく逃げた」と、先生は手のひらでサイズを表して、ふらふらとさせる。

滝田がIHに出場してからというもの、我が弱小テニス部は、いつの間にやら注目されるようになってしまった。クラスでも声を掛けられることも多い。まあでも、「気にしなくても大丈夫ですよ」 今日のメニューを確認して、ラケットの具合を確かめる。「ん?」「そいつ、知ってるやつですから」「……ん?」

小さい、とよく言われる自分よりも小さくて、中学生。たまに不審に扱われる。驚かせてすみません、と代わりに先生に謝ると、「いや、別にこっちを見てただけだしなあ」 別に何をしたわけじゃないぞ、とはたはた両手を振った。「しっかしお前、青木といい、意外な知り合いというか、妙なやつが多いな……?」「あの、はあ、すみません……」



俺には幼馴染が二人いる。
民夫とは同い年で、家が近所なものだから、お互いセットのように扱われた。今でこそガタイもでかいが、顔が濃い割には泣き虫で、ひんひんしていたものだから、幼心に俺がしっかりせねば、とよくよく考えたものだ。だからこそ、今の俺の性格があるのかもしれない。
3つ年下のは、最初はじっと俺達の背中を見つめていた。どこに行くでも小さな身体で必死についてくるから、そのうち目が離せなくなってしまって、今度はいつの間にやら3人のセットになってしまっていた。

民夫とが泣き出す度に、俺がなんとかしないと、と引っ張っていく。民夫は身体がでかくなるとともに、情けなさは減っていったが(俺に対する妙な執着は変わらないが)は相変わらず頼りなくて、小さくて、子どもの頃と変わらない。それがいつからだろう。ふとしたとき、奇妙な気持ちになるようになった。

かわいいでしょ、と中学の制服を着て、ひらひらスカートを揺らしていた
正直、たぬきが制服を着ているのかと思った。かわいいことには可愛いが、ちょーんとしてぽてぽて歩いていて、丸いしっぽが生えているような。
おそらくこれはが求めている可愛さとは違うような気がしたので、さすがの俺でも正直な感想は謹んだ。

たぬきみたいなは、残念ながら身長がぐっと伸びることもなく、まあ誤差のような範囲でふとしたときに、ちょっとだけ足が伸びたな、とか、ちょっとだけ指が伸びだな、とか、そう思う程度だ。
そんなたぬきは、小学生の頃から、俺と民夫のあとをぽてぽてとついてきた。何をするにも、も、もと短い両手を伸ばしてこっちに来る。が来ることを待ってから、俺たちは何かをする。それが当たり前になっていたから、俺が中学に入って、が小学生になると不思議な気持ちになった。しかしテニス部に入り、数年したころにたぬきが中学に侵入していることに気づいた。

小学校も高学年となり、行動範囲も広がったんだろう。ぽてぽて校舎の近くを周りながら、自宅に帰宅する。あいつは何をやっているんだ、と思ったのが中学3年生のとき。それから高校になって、たぬきはさらに大胆になった。校舎の外を見ているだけでは飽き足らず、テニス部のフェンスにかじりついて、暫くこちらを見るようになった。いくら姿を小さくさせて、びくびくと見ているところで、こちらからには丸見えである。

「最近、なんか女の子が見に来てね?」
「ちっちゃい子な。ちっちゃいな」
「いやでも、見たらすげえかわいいって。かわいい。俺かな?」
「ロリコンめ。俺だろ」
「いや多分俺」

(先輩、すみません、多分俺です……)
うちのたぬきなんです、と素振りをしつつ心の中で謝罪する。うちのたぬきが本当にすみません。
ぽてぽてと肉球でもついていそうな歩き方をする。かわいい、かわいい、と先輩たちに騒がれるそいつを見た。こちらが視線を向けたものだから、慌てて逃げてしまった。「ウチくん、今日もが来てたね」「あれでわかってないって思ってるみたいだから不思議だな」「まあねえ……」

試合前に、辺りを見回すのがすっかり癖になってしまっていた。その度に、はかわいいと騒がれる。そうだろうか、そうなんだろうか。わざわざ民夫に聞くのも気が引けた。ふと食卓で、「さん家のちゃん、ちょっと見ない間にすごく可愛くなったわよねえ」と母さんがちらちらとこちらを伺いながら呟いた。

ちょっと見ないって、ほぼほぼ毎週のように見かけてると思うんだけど。その探るような目つきは一体どういうこと? と思いながら、そうかな、とお茶を飲み込んだ。「え? ちゃん? そうなの? 民夫くんは見るんだけど」「うふふ、お父さんはちょっと黙っといて?」「うえ?」 基本的に、うちは母の方が強い。


不思議と、来なければいいのに、と思ったことはない。
なんでいつも、あいつは恥ずかしげに隠れているんだろう。もっと堂々とすればいいのに、と思案して、なんとなくの気持ちもわかるような気がした。気づけば、あいつがたぬきのように見えることはなくなっていた。
     ウチくん、がんばって!

いつもそう言っているの声が、聞こえる気がする。いや、聞こえた。

普段なら丸まって見えないようにと小さくなっているくせに、は立ち上がって自分自身の両手を強く握りしめていた。ここからじゃ、表情は見えない。でもなんとなくわかった。どうせぼたぼたと涙をこぼしてひくついているんだろう。ばかだなあ。
ほんとにばかだかなあ、は。は。

グリップを深く握りしめる。がんばれ、がんばれ。何度もきいた言葉だ。
頑張るさ。     がんばって、きたさ。


「マッチウォンバイ、幕ノ鎌!!!」


審判の大呼が、わき響いた。


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2018/09/06