「あ、乱菊さん、お久しぶりです」

とにかっと笑った男は、何処かで見た顔だった。



第3話   例えばを探ってみよう




どこだったか、と俺は暫く考えて、松本を怒鳴り散らすため、どん! どん! と拳を振り上げて机にぶつけるのをやめて、入ってきた男を、じっと見てみた。ついでにいうと、俺が何度机をぶっ壊れるぐらい叩いて「お前なめてんのか!」という言葉を要約したようなものを投げかけても、松本はへらりと笑って「会長ごめんなさぁい」と語尾を伸ばすだけだ。語尾を伸ばすな、語尾を!

「お、修兵じゃん、どしたの」
「ちょっと乱菊さん。来るって連絡してたじゃないですか、座談会の」
「ああ、そういやそうだったわー。ごめんごめん」
「ちょっとしっかりして下さいよ」

俺が思い出すよりもさきに、ぽんぽん飛び出す会話に、思わず眉に力を入れてしまった。取りあえず暇だったので、俺が机を叩きまくった所為か、散らばったプリントをのそのそと集めてみた。そのうちの一枚に、座談会出席者の名前欄に描かれた檜佐木修兵という文字に、ああこいつか、と思わず随分個性的な入れ墨をした男の顔をちらちらと見てしまったが、何処か見覚えがあるのは、この所為かと考えてみても、何故だか違う気がする。それも随分悪い印象があった気がするのは何故だろうか。


「ああ、乱菊さん、これ」

不意に、ズボンのポケットの中から、これまた見覚えのあるものを取り出して、松本の手の中に、ひょいと入れる「あれっ」その素っ頓狂な声に、俺まで声を上げてしまいそうになったが、手元にあるプリントを、トントンと叩きつけてから、その様子を見守る事にした。

「預かったんですよ、ほら」
「会ったの? に」
「はい。ついさっきここに」


ついでにここまで来りゃよかったのに、と呟いた松本の声に、こっそり俺は冗談じゃない、と思った。こんな松本のようなヤツが大量にやってきて、ゴロゴロとここを占拠されてしまった日には、俺は胃が痛くなってしまって、ぶっ倒れると思う。その預かってきたという檜佐木に、ほんの少し感謝したい気持ちだ。


松本がしっかりと預かり物を受け取ったのを見届けて、俺はパソコンの電源へと手を伸ばした。ぶうん、とまるで蜂がバタバタと羽を動かしているような音を立てて立ち上がるこの機械は、そろそろ年代物だ。しっかりと動くまで暫く時間がかかる。
そんな事をしている間に、椅子を勧められたらしい檜佐木が、くくっ、と小さく、声を漏らした。
何を笑っているんだ、ちらりと目の端でそいつを見てみると、また小さく笑った。

「面白い事いってましたよ、アイツ」
「何が?」
「こう、とんちっぽい事」
「とんちって?」


どうにも要領を得ない会話の掛け合いに、ほんの少し俺はイライラしてきた。いいや元々腹の虫が悪かった気がするが、それに拍車を掛けた気がする。「ハッキリいえ」呟いた声は、案外低かった。
けれどもそんな事も特にソイツは気にしていないのか、「いやね、」と口を開く。

「会いたいのに、会いたくないなんて、先輩には分かるんですか、っていわれましたよ」


何なんでしょうね、とカラカラと笑うソイツを見て、何故だか妙な気持ちになった。なんとなく、なんとなくそれは、少し前までのお俺だ。それはほんの少し、形が違うかもしれないけれど。


「あらやだ、それのドコがとんちなのよ」
「どこがって、意味が分かんないじゃないですか」
「あんたね。だからアンタはまだ彼女も出来ないのよ」
「それとコレとは関係ないでしょう」
「大ありよ。ねぇ会長、会長は分かります?」


もともとでかい声だってのに、またほんの少し声を大きくした。またぐるぐると終わりのない思考が始まる時だったらしい。ほんの少し反応が遅れた。
「………わかる」

とても、分かる。どちらかというと、現在進行形だ。会いたいのに、会いたくない。会いたいのに、会えない。難しいけれども、それが事実で、気持ちの中の形が、妙に不安定で。

ですよねぇ、と松本が笑った。分からない、と檜佐木がそんな顔をした。
(正直ほんの少し、松本のイトコというヤツに、興味が湧いたかもしれない)


「気になるな、松本のイトコ」
「駄目ですよぉ会長。はあげませんって」
「………いらねぇよ」


同じ会話を前にもした気がする、と思ったとき、パソコン画面が、青く光った。松本から受け取ったメモリを、差し込む。遅い処理の中で、ぽつりと、檜佐木が呟いたのだ。

「気になるなら、呼べばいいんじゃないですか?」





ぶううん。長いファンの音が、響いた。






1000のお題 【890 言葉など不要】





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2008.05.12