re/ject

さて、とガイはあくびを一つ。


 別世界はスルーしよう 



今日はまるまるお休みだ。一日有意義に羽を伸ばして、音機関でも見に行くかなぁ、と思ったガイなのだけれど、その前に、とメイド達の私室へ向かい、コンコン、とノックする。「ー」 こんこんこーん。

カチャッと扉を開けたメイドの姿に、「お、、俺は今日は休みなんだけど   おっと」「悪いわね、じゃなくって」

「ぎゃー!」
ガイは即座に後ずさった後、ひくひく顔をひきつらせ、いやいや、と片手を振った。ドアの隙間からちらりとのぞく部屋の中にはいない。そう確認した後で、女性の部屋を覗いてしまった自分が恥ずかしくなり、ガイはサッと視線を逸らした。メイドはくすくす笑いながら、「は今日は休み。どこかに行ったみたいだから、てっきりあなたのとこだと思ったんだけど」

なんだ。いないのか。
毎度毎度休みとなれば、俺様美少女計画などと称して喫茶店に連れ込まれるものだから、自分から来てしまったのに、無駄足だったらしい。なんだか照れくさいような、恥ずかしいような気持ちだ。

そんな風に一人苦笑していたガイに、メイドは首をかしげた。「ねえガイ、あなた、よくのことを、って呼んでるけれど、なんでなの?」 ガイはパチリと瞬きをして、苦笑いした。


「なに、ただのあだ名だよ」



そういえば、みんな納得するのだ。が本名で、実は男であるなどと、誰が信じるだろう。自分だってときどきわからなくなる。が毎日頑張るように女性らしくする必要なんてないくらい、はじめっから彼は女性らしい……って、「別には男なんだし、そこまで本気になることないのになぁ」
と、一人街中で呟いた後、おっと。と口に手を合わせる。

まさか誰が聞いているわけでもないから、大丈夫に違いないのだが、人様の秘密は軽々しく口にすることではない。
ときどきガイは不思議になる。はノーマルだ。女性の趣味も、自己が認識する性別も自身の性と変わらないらしい。一応本人は男避けのためと主張する女装だが、それにしても度を超している気がする。
何故だろうか。

かつかつかつ、と足を石畳の上を歩きながら考えてみた。そしてハッとひらめいた。なるほどそうか。「趣味なのか!」

恐らく今この場にがいれば、頭から紅茶をぶっかけられたような気がするけれど、なるほどなるほど。「趣味なのかー」 それならしょうがない。世の中にはいろんな人間がいる。うんうん、とガイは腕を組みながら頷く。「やっぱりあいつって、変人だよなあ」 もしくは変態。完璧を求めてメイドたちの中へとその身の危険も厭わず飛び込む一人の男。


そこまで考えたとき、ふとガイは考えた。趣味っていうか……「メイド好きなのかな……」 これ以上考えると、友人が友人として見れなくなりそうなのでやめといた。ぶるぶる。
とにかく今日は音機関を見に行くのだ。
なんか寒気がしてきたし。ぶるぶる。




人ごみとは危険な場所である。女性があふれかえっていて、幸せ半分、怖さ半分。なるべく人の少ない場所を。そしてなるべく端っこを。そんな風に毎回カサカサ移動しているものだから、周りの視線も、「あらやだまたあのカサカサさん来てるわねー」という感じで生暖かいのでさみしい気持ちになる。ゴルゴさんというあだ名で呼ばれていることを知っていたのだが、ゴルゴって誰だ。

気づけば、懐かしい場所へと来ていた。あの路地裏だなぁ、とレンガの通路を微笑ましく見上げる。あの場所で、自身はが男だと知ったのだ。丁度あの曲がった場所で、がびゅんっと足を振り上げて      「オラまだまだおねむの時間じゃねぇんだゾなめてんのかこのクソボケが!」

ばしっと男のケツを、が踏みにじっていた。



幻聴でもなく幻でもないらしい。びしっ、ばしっどばしぃ!「ハッハァなんだよもうギブかよギブギブ?」「まだまだいけますもっと蹴ってください女王サマァー!」「よしきたおめーの根性気に入った! ドラドラドラァ!!!」


ガイはそっと見ないふりをした。
そういえば、なんか言ってたね。相手してるとかなんとか言ってたね。

フッ……とガイは誰とも知れずに微笑んだ。そしてふるふると首を振った。自分が理解できない世界というものは、存在するのだ。そう、これがそう。異世界への扉は固く、そして狭い。生半端な気持ちで近寄ってはいけない。ぶっちゃけ本音を言うと関わりたくないので今すぐ激しくダッシュして逃げたい。

ガイは走った。駆けた。駆け抜けた。一筋の風となった。
このまま先ほどの光景を記憶の中に封印して、次に会うときは、普通の友人として接してやろう      そう心に決めたとき、どしんと人間にぶつかった。「わ、すみません!」「いや……」


男だったらしい。
よかった、と胸をなでおろしたのは、女性恐怖症ということと、女性にぶつかるなんて言語道断であるという紳士的な考えからだ。けれどもどちらにせよ、失礼なマネをしてしまったとガイは頭を下げた。そしてぱっと顔を上げた。どうやら自分よりも年が上の男であるらしい。彼は軽く首を振り、気にしなくていいと言ったが、ぎらぎらと光る壮年の男の瞳に、眉をひそめた。
体も身ぎれいにしているし、おかしな空気を持っている風ではないのに、何故だか好感を抱けない。

初対面の人間に、こんな失礼な感情を持つことは滅多にないことだ。ガイ自身、驚いた。だからだろう、怪我をさせた訳でもないし、軽くぶつかっただけでもあったので、早々にその場を去ろうとした。「それじゃあ、すみませんでした」と頭を下げたのだが、男はガイを呼び止めた。「    すまないが、きみ」「はい?」


という男を、知っているかね?」


ガイは首をかしげた。とても美しい男だ、とぎらぎらと目を輝かせる男に向かい、「さぁ……知りませんね」「そうかい、残念だ。失礼するよ」「ええ、それでは」

ガイは瞳を細め、男の背中を見つめた。なぜだろうか、奇妙に嫌な予感がする。を探しているのなら、知っていると頷いた方がよかったのだろうか?
(いいや)
おそらく、この方がいいはずだ。自分の勘はいい方だ。
とりあえず、男性の向かう方角がファブレ家とは別方向であることに、ガイはほっと息をついた。





  
2011.08.07