re/ject




 きみはどこだ? 


という男を知っているか? そう問いかけてきた男は、中々の立場の人間らしかった。は消えた。荷物をさっとひっくるめ、部屋の中にぽそりと置かれた辞表の文字に、みな首を傾げた。それと入れ替わるようにやってきた、あの男。(……きなくさいな) ガイは片眉を顰めた。

そんなガイに、事情を説明しろと寄ってくるものは後をたたなかった。付き合っていると勘違いされていた訳だし、それを除いたとしても、彼と一番仲がよかったのはガイだ。
けれどもガイだってわからない。がさっと顔を白くさせ、何かに怯えていたことは理解している。自分に一言くらい、とは思った。けれども何か事情があったに違いないのだ。


その事情が、おそらくこの目の前の男に違いないことも、理解していた。


「きみはというメイドと仲がよかったそうだね?」

ルークの相手をしている最中で、唐突に呼ばれたと思ったらこれだ。滅多に座ることのない応接室のソファの上に、ぼすっとガイは乗っかり、目の前の紅茶に眉を寄せた。「そんなに緊張しないで。飲んでくれてかまわないんだよ」 さあ。とにこりと男は嘘くさい笑みを落としたが、そのセリフは少しおかしい。ここはファブレ家の家で、男がそんなセリフを口にする言われはない。もちろん、男もわかっていて口にしているのだろう。

王家に連なるファブレ家に、そんな不遜な態度をとったところで、問題のない人物    そう、ガイに印象付けるためのものだ。ハンッ、とガイは心の底で笑った。ただの使用人ならば、これで萎縮でもしていたかもしれない。けれども自分はほんの少し奇妙な謂われのある人生を送っている。

自分は随分暴力的な気分になっている気がした。落ち着くようにと、ふうっと息を吸い込んで、「それじゃあ失礼しますよ」と飄々とした態度で紅茶も飲み込んだ。旨い葉を使っているだろうに、と飲む、いつもの店の方が好きだ。

「ええ、おそらく。仲がよかった方だと思いますよ。けれどもあなたが探しているのは、別の男性なのでは?」
「よく知っているね」
「屋敷の中は噂ばかりがはやくなりますから」

なるほど、と男は面白げに瞳をすがめた。そして自身も紅茶のカップを取り、ゆらゆらと手のひらの中で動かす。「そうだよ。私が探しているのは、という名の男だ。君が、そのという女のメイドを、と親しげに呼んでいたと幾人から耳にしたのでね」

しまった、とガイはこっそりと舌打ちをした。けれどもそんなことをおくびにも出さずに、「ええ、ただの愛称ですよ」「きみとはこの間、会ったことがあるね」「そうでしょうかね。物覚えは悪いほうで」「ああ、会ったさ。そのとき私は聞いたと思うんだがね、という男を知っているかと」

「自分が知っているは、男じゃありませんからね」

にこりと微笑みながら答えると、男はキツネにつままれたような顔をして、「……なるほど」と二度目のセリフを口にした。けれどもすぐさま男は顔を意地悪げにさせ、「いいや男だ。あのメイドは男だよ。きみも知っていたはずだ」「の? いや失礼。のどこが男だって? あんなに綺麗な女性は見たことが見たことがありませんよ」

我ながら大した茶番である。わざとらしくずるずる音を立てながら紅茶を飲むと、男は不快げに眉をひそめた。そして、「きみ、失礼だがね、ちょっと調べさせてもらったよ。きみは      女性恐怖症なんだって? かわいそうに……女性に触ることができない。近寄ることもできない。けれどもなぜか彼女だけか触ることができ、きみと付き合っていた。運命的だね。びっくりだ。……さてこれは、本当かい?」「嘘ですね。俺と、いや私と彼女はただの友人でしたよ」「つまらない答えだな」

ガイは申し訳ない、とからかうように肩をすくめた。まあいい。と男は鼻から息を出す。「これはただの私の想像さ。きみと彼は付き合っていたんだ。女性恐怖症ということは、きみはそっちのケがあったんじゃないかな? それがなんだとか、野暮なことは聞いてくれるなよ。ずいぶんいい思いをしたんじゃないかな? うらやましいね。私もあやかりたいもんだ」 私はね、と彼はコトンと紅茶のカップをテーブルに置き、ソファーの背もたれにもたれた。

「私はね、綺麗なものが好きさ。女はダメだ。心も外も、すぐに汚くなるからね。だから男がいい。特に若い男がね。は一番のお気に入りだった。じっくりじっくりかわいがるつもりだったのに      にげてしまった」 ちらり、と彼はガイを瞳の端っこで見つめた。「この残念な気持ちが、君にはわかるはずだよ。なんてったって、きみと私は同じだからね」 また、彼は逃げてしまったね。


ガイは、男のセリフを、ただ聞いていた。特に表情もなく、頷いていた。ごくり、ごくり、と紅茶を飲み終わると、ひどく乱暴に、乱雑に、彼には見合わない動きでテーブルの上にカップを叩きつけた。がつんっ。皿の上に置かなかったのは、割れてしまうとこまると思ったからだ。けれども予想以上に勢いがついて、カップに傷の一つや二つ、できてしまったからかもしれない。けれどもまあいい、とガイは息を吐き出した。「お言葉ですが」 今度は優しく、小皿の上にカップを重ねる。「彼と俺は、友人です」

「……彼だって?」
「ただの間違いですよ。何分、男よりも男らしい女性でしたから」
「そうかいそうかい」

男は口元をにっと釣り上げた。「私はね、ガイくん。反抗的な男が好きさ。刃向う瞳が大好きなんだ」 だからね、とガイににゅっと顔を近づける。「理解できかねますね」 けれどもガイの言葉に興がそがれたとでも言う風にため息をついた。「残念ながら、君はちょっと趣味じゃないみたいだ。もっと馬鹿な男がいいな」「それは失礼しましたね」

つまらないなぁ、と彼はため息をついて、「ガイくん、彼はどこに行ったのかな。隠すとためにならないよ」 さあね、とガイは首を振るばかりだ。自分が教えてほしいぐらいなのだから。

「ガイくん、君は趣味ではないけれど、そんな慇懃無礼な態度は好きだよ」
「俺はあなたのこと、多分嫌いですけどね」
「つれないなぁ」


  

2011.08.09