ガイさんのことを、好きだと気づいてしまった。

もしかすると、ずっと前からそうだったのかもしれない。いつからそうなのかもわからない。知りたくなかったと言えば嘘になる。あれからジェイドさんとの話が終わって、すっかり冷めてしまったスープを口にしたとき、ぼんやりと食卓の椅子に座ったままのガイさんと目があった。ぱちり、と互いに瞳がかちあったとき、どきりとしてしまった。

かっこいい。


いや待って。私は何を考えているの。そんなの知ってるけど。知ってたけど。そこまで考えたことなかったじゃない、と心臓をぎゅうぎゅうに抑え込んで誤魔化すようにゆっくりと息を吐き出す。(絶対に、知られてしまうわけにはいかない) 私が彼のメイドであったことは、それこそ墓の中にまで持って行かなければいけない話で、そんな女の邪な感情を彼に叩きつけたくなんてなかった。

「ごめんなさい、ガイさん、おまたせしてましたか?」

だから必死にいつもどおりの平静を装って、口元を緩めた。大丈夫だろうか、と不安で不安でたまらない。本当に、知りたくなんてかかった。ガイさんはいくらかテンポを遅れて、「ああ、いや、ちょっとぼんやりとしていたみたいだ。すっかり冷めてしまったね。ジェイドの旦那も悪いな、呼びに行こうかと思ったんだが」 と、ジェイドさんに話しかけた。あれ? と首を傾げた。気の所為だろうか。


いつもなら私に笑って声をかけてくれるはずなのに、今はジェイドさんと歓談している。いやいや、何を思い上がっていたんだろうか。何が“私に笑って”だ。まるで自分が特別みたいな言い方に腹が立って、一人でぺちぺちと頬を叩いた。そんな私の姿を見て、「ん?」とガイさんが首を傾げる。「、どうかしたのか?」「い、いえ! なんでも!」

なんでもじゃないだろう。
きっと、そう追求されるに決まっている。そう思って、瞳を閉じた。なのに彼は、「そうか」とだけ返事をした。それだけだった。なんだか拍子抜けだ。

(……なんだか、ガイさんの様子が、おかしいような……?)


そう考えるのは、私の中にやましいことがあるからだろうか。
それから宿に一拍して、すぐさま私達はセントビナーに向かった。その中でも、やっぱりガイさんは口数が少なくて、それなのに私の背後を守るように、彼にできるギリギリの距離でぴったりとくっついて周囲を見回していた。声をかけても、無視をするわけではないけれど、するりと会話をかわされているような、そんな気がして、なんだか少し寂しくて、胸が痛かった。でも今の自分はきっと平静ではないから、そう感じているだけかもしれないと、平静を取り繕った顔をくっつけた。


     そして道中、私はルークさん、そしてジェイドさんたちから、多くのことを知った。


ホドとアクゼリュスが崩壊することは、すでに預言に詠まれていたということ。
ティアさんの故郷であるユリアシティの人たちは、その事実を知っていて、ユリアの預言の成就のためにあの街を守り続けていたということ。ユリアの預言通りの未来を歩めば、確かなる繁栄の道を歩むことができる。だからそのために、モースは預言通りの戦争を起こそうとしていて、今もイオン様を狙っている。
そして、預言を破壊するため、ヴァンは六神将とともに、新たな大地を崩落させようとしている。

(本当に、知らないことばかりだ……)


私がただただ逃げ回っている間、ユークさんたちはきっと大変な道のりだった。そうして隣に立つルークさんの髪を見て、やっぱり互いに複雑な顔をしてしまった。知らなかったはずなのに、すっかりお揃いだ。

バチカルから飛び出して、必死に彼らについていったつもりだった。けれども結局、何もできなかったのだ。(また、あの“夢”を見ることができれば……) コンタミネーション現象と同じようなもの、とジェイドさんは言っていた。理屈では理解できても、やっぱりどこかよくわからない。ただ、現状の打破する糸口になる可能性くらいならある。(でも、やっぱり)

怖い、という気持ちを否定することができなかった。もう一度死んだことがあるくせに、命の危険もある、と暗に告げられたジェイドさんの言葉が、ひどく私の耳朶を叩いた。本当に、なんにもできないお嬢様だ。


自分の顔をごまかそうとして髪の毛をくしゃりと握っても、すっかり短くなってしまったものだから頼りない。ついたため息を、ルークさんに聞かれてしまったらしい。「どうかしたのか?」 いつもはガイさんに言われそうなセリフだったから、びっくりして瞬いてしまった。すっかり彼は心配したような瞳でこちらを見下ろしている。

「もしかして、疲れたのか? それなら少し休むか」
「え? いえ、違いますよ。大丈夫です」

元気です、と両手で力こぶを作ってみる。ルークさんはすっかりジト目でこちらを見ていて、「どっちにしろ、イオンもそろそろ限界だろ。セントビナーの人たちのことは気になるけれど、助ける俺たちがくたばっちゃ意味がない」 ぽかん、としてしまった。


今回に関しては、イオン様は直接関係がない。あたし達は別行動させてもらいます、と告げたアニスさんに対して、イオン様は首を振った。自分にもなにかできることがあるからもしれませんから、と優しげな声で少年は微笑んで、ゆっくりとルークさんを見上げた。
導師守護役であるアニスさんは、「危険だって言ってるのにぃ」とぷっくりと頬を大きくして、赤くさせていた。

くだんのイオン様は、私と同じように、「いえ、僕も大丈夫ですよ」と所々息を荒くさせて相変わらずの微笑みを作っている。そうして、彼の顔色を見て、全員顔を見合わせて一度休憩することになった。どちらにしろ、そろそろ食事の準備も必要だ。戦闘ではそこまで役に立つこともできないから、できるだけこういったことはさせてもらえたらと考えている。
どうせ、ファブレ家のお嬢様が? と一番訝しみそうなジェイドさんにはとっくの昔に怪しまれているのだ。ここまできたらとことんやるしかない。

「手伝うよ」

休憩って言ったのにな、と聞こえた声に、一瞬、ガイさんだと思った。けれども違った。ルークさんはすっかり私と同じ様になってしまった髪型で、片手で枝を拾いながら、私の表情を見て、少し照れたみたいで僅かに視線を泳がせた。「あ、いえ、ガイさんかなあ、と思って、びっくりしたので」「ガイはあっちで魔物が来ないか見張ってる」「そうでしたか……」

そう言って、二人で枝を集めた。いつの間にやら、私も体力がついてきた気がする。旅をしてきたのだ。ナタリアさんにも褒められた。素晴らしい根性ですわ、みたいな。そういう雰囲気で。実際にはもう少しマイルドな言葉使いだったのだけれど、私の耳にはそう聞こえた。彼女は体育会系姫なのである。


「こないだも言ったけど、も、さ。髪を切ったんだな」
「あ、はい。そろえるのはティアさんにお願いしたんですけど」
「俺も同じだよ。なんだかおかしいよな」

本当ならピオニー陛下のお城にいたときに、なんとかしたかったのだけれど、持っているのはナイフ一本だし、髪をそろえるには不向きだった。けれどもさすがに一応であるけれど、他国の要人に刃物を渡すわけにもいかず、フリングスさんも申し訳ない、と頭を下げていた。気にしないでください、と返答したものの、自分ではうまく後ろ髪を切ることもできなくて、髪の色を隠す他にも、なんとなくの恥ずかしさからフードをかぶってブウサギ達とお散歩をしていたのだ。

そんな私の髪を見て、器用にもティアさんがナイフを滑らせてくれて、とってもありがたかったのだけれど、ルークさんもそうだったとは。「ほんとに偶然ですね」と何度目かになる言葉を互いに落とした。「そうだよな。俺も切ったはいいけど、そっからどうすんだって、困って……たら……」 けらけらと笑っていた。けれども、ルークさんは少しずつどこか複雑そうに眉根を寄せて、最後に瞳をつむった。「いや、こういうことを、言いたいわけじゃ、なくって」 枝を持っていない手で顔を覆った。それから、少しの間があって、「ごめん!」

びっくりした。

何を言われているのか、謝られているのか。腰をきっかり垂直にして、頭を下げたルークさんと向かって、ただ枝だけ抱きしめて、あわあわとしてしまった。「ど、どうしたんですか? あの、私なにかした……された? んですか?」 なんだか言葉がおかしいけれども、謝られるあてがまったくない。


「いや、俺、ずっとにひどい態度をとってたって、ガイにも言ったんだけど。ガキだった……っていうか、ガキなんだけど。違う、こんな言い訳もしたいわけじゃなくって、でも、とにかく、謝りたくって」

すげえ、心配かけてたよな、と面と向かって言われてしまって、とにかく瞬きを繰り返した。
彼が髪を切ったのは、変わろうと決意したから。そう聞いていた。ルークさんに対して、ときおりアニスさんから辛い視線を感じるし、ナタリアさんも、どこか困ったような、そんな顔をするときもあった。「……そんな」 一番、苦しく感じているのは、ルークさんのはずなのに。それなのに。

「私は、ずっと、何も……できなくて」

確かに、彼を心配していた。記憶がなくなってしまった、いや、実際には違うんだけれど、すっかり変わってしまった彼を心配して、ガイさんに相談して、たくさん泣いたこともあるかもしれない。ずっと、私は何もできなかった。ただオロオロとしていただけだった。今回のこともそうだ。ぼんやりと足元を見つめて持っている枝さえもなんの意味もないように感じた。「そっ……」 ルークさんは、ぐっと息を飲み込んだ。

「そ、んなこと、ねえよっ……!!」

震えるような声だった。きっかり曲げていた腰を飛び上がらせて、彼は怒ったように顔を真っ赤にして、何度も声を出すような、けれどもできないような、そんな苦しげな顔をさせたあとに、ぽつりと呟いた。

「ユリアシティで、が俺に、待ってますからって、言ってくれただろ? それに、俺はすごく     救われた」
誰かが待っててくれてるんだって思った。だから、変わらなきゃって思った。



ぽろりと一つ、涙がこぼれた。

そんな自分にびっくりして、木の枝を地面に置いて、慌てて瞳をこすった。ルークさんがびっくりしたようにこっちを見ている。「あ、あの、すみません」 ひとつぶ、ふたつぶ。それで終わりだ。
(私、いてよかったんだ)

少しでも、意味があったんだ。


そんな私の姿を見て、ルークさんが慌てている。「あの、大丈夫です。ごめんなさい、びっくりさせましたよね」「い、いや。そんなことねえよ。ごめん、きっと俺の言い方が悪かったんだよな」

でもどう言えばいいんだ? と一人で困って脇に枝を抱えたまま、顎を指で抱えながらぐるぐるとその場を回るルークさんを見て吹き出してしまった。嬉しくて泣いてしまった、なんて言うには恥ずかしくて、笑う私を見て、ルークさんは、なんのこっちゃと困ったような、それでもほっとしたような、そんな顔をして、はあ、とため息をひとつして、こちらを見た。

「……なんか俺、情けないな。の兄貴なのにさ。いや、兄貴でも、なんでもなかったか」

最後の声は、自分自身に告げた声なのだろう。少しだけ、考えた。

「そうですね、確かに、兄ではないかもしれません」

そう告げた私の言葉にルークさんはびくりと体を震わせた。「……違いますよ。兄ではないかもしれませんが、ルークさんは、私のかわいい弟です」

なんて言ったって、まだ7年しか生きてないんだから。

「な、なんだよそれ。弟って! それはなんか嫌だ!」
「……じゃあ、息子でしょうか? あっ、ルークさん、昔ガイさんにママと言ったことが」
「しらねーしらねー!! そんなガキだったときのこと、しるわけねー!!」





***





「……ルーク、どうかしたのか?」
「えっ、いや、その、何もねえよ。と薪を集めてたんだ。なあ?」
「は、はい!」

キャンプに戻ると、ガイさんが訝しげにこちらを見ていた。そこまで時間をかけたつもりもなかったのに、とルークさんと二人で慌ててしまった。私は馬鹿みたいに泣いてしまったし、なんとなく、二人だけの秘密にしておきたかった。

それじゃあ、さっさとご飯を作りましょう、と簡易のエプロンを荷物から引っ張り出したとき、ガイさんが背後で、「……もしかして、少し泣いたか?」 なんでわかるの。さすがにひやっとひた。

ルークさんも私と同じような表情をしている。

泣いたといってもちょっとだけだし、鼻の頭が赤くなっているわけではないと思う。だから強気で否定してみた。「まさか! そんなわけないですよ」と、大袈裟なくらい首を振ったのに、ガイさんはじっとりとした目でこちらを見ている。昨日はあんなに簡単に誤魔化せたのに、なぜ今日はこんなにも。

おたまを持ちながらの違いますよのポーズもさすがに厳しくなってきて、ふう……と力つきた。私ではらちがあかないと判断したらしく、「ルーク、何の話をしてたんだ?」「うぇっ」とルークさんが声をつまらせた。でも頑張って欲しい。


「え、えー、ええ、そうだが、うん。ティアに髪を切ってもらったってさ」

俺と同じだって話したんだよ、と焚き火に当たっているティアさんに声をかける。ミュウはティアさんの膝の中で遊んでいる。ルークさんと一緒にいないと思ったら、あんなところにいたらしい。

ティアさんは心なしか嬉しげに指をちっちと動かしていて、ミュウは短い手を動かしながら、それを必死に追いかけている。「……ティア?」「……えっ!? あ、ああ、の髪ね。でも私は少し整えたくらいだから」

手をいれたのはほんの少しよ、と、慌てて彼女は指先を背後に隠した。ミュウが「みゅ?」と首を傾げてティアさんの背中に回り込んでちょこちょこしている。たまに野生が弾けるらしい。

「いや、俺の時も思ったけどさ、十分上手いって。ティアってやっぱ、すっげえ器用なんだな!」
「そんな……言い過ぎだわ」

うんうん、と私も拳を握って頷く。私のざんばらな髪を見て、もしよければ、とグランコクマの宿屋で声をかけてくれたのはティアさんの方だった。

ジェイドさんやナタリアさん達はそれぞれ各自の武器の点検をしているらしい。盛り上がる私たちをちらりと見てジェイドさんは少し苦笑していた。周囲はアニスさんが確認しているらしい。イオン様は少しお休み中だ。

「そんなことねえよ!」

そして、謙遜するティアさんに、ルークさんは力いっぱい否定した。「ティアはすげえよ。俺にできないこともすげえいっぱいできるし、物知りだしさ。の髪だって、めちゃくちゃ上手いし!」「な、何を言うのルーク……」

こころなしか、ティアさんのほっぺが赤い気がする。それでもちょっとだけ顔をしかめて、困ったような、そんな表情もしている。ルークさんはヒートアップを続けていく。そしてぽかんと見つめていたガイさんに、「なあ、ガイ!?」 声をかけた。「え、ああ、そうだな!?」 びっくりしたようにガイさんは声を跳ね上がらせて、私を見た。「器用だと思うぜ。の髪型も、うん、すごく、か」 か。

ガイさんが、なにかを言おうとした。「かっ……」 それからピタリととまって、くっと眉をよせて両手の拳を握った。体を折り曲げている。奇妙な沈黙が流れた。「かわうそ……」  かわうそ。






カワウソとは一体なんだったのか。もしかして私が知っているカワウソなのか。オールドランドにもカワウソは生息していたのかと様々な疑問が去来しながら、ぐるぐるお鍋を混ぜ合わせた。ティアさんとルークさん、そしてミュウまでもがカワウソ? カワウソ。カワウソ……? と首を傾げて言葉のゲシュタルト崩壊が起きようとしていた。ガイさんはと言えば、なにやら苦しげに口元を抑えて、一人でなにかと戦っている様子だったから、深くまで追求することができなかった。

私は似ているのだろうか。あの水辺に生息する生き物に。例えば頭のフォルムとか……? と文字通りに頭を抱えながら私達は少しずつ目的地に近づいていた。セントビナーの大地崩壊の兆候はピオニー陛下の耳にまで届いていた。ティアさんいわく、万一パッセージリングが壊れてしまったとしても、アクゼリュスのときとは違い、いきなり足元が崩れ落ちるような、そんな状況にはならないらしい。


とは言っても、やはり早る気持ちはある。ピオニー陛下はキムラスカとの衝突を恐れ、兵を動かすことができない。セントビナーの住人たちの避難を行うことができるのは、私達だけしかいないのだ。



セントビナーにたどり着くと、やはりと言えばいいのか、軍基地の中では言い争いの声が響いていた。地盤沈下の影響は、すぐそこに来ている。ならばせめて民間人だけでも避難さけねばならないと主張する声と、ピオニー陛下の命がなければ動けないと否定する声がぶつかり合っていた。そんな中にルークさんは飛び込んだ。マルクト軍に顔がきくジェイドさんもいる。民間人はエンゲーブ方面に避難させるように、と陛下からの伝達を伝えたとき、軍の人たちは、次々にホッとした顔をしていた。言い争っていた人たちの名前はマクガヴァンさんと言うらしく、親子だったらしい。ジェイドさんが生きていたことにも驚いていた。


セントビナー内に在留していたマルクト軍の方々を中心に、私達は住民を避難させるように必死に叫んだ。落ち着いて、列を乱さないで。お年寄りや子供、女性の方を優先して、手を貸し合うように。とりわけルークさんは力いっぱい声を張り上げて、できる限りの全霊をつくしていた。

そんな中だ。ハッハッハ! と楽しげな高笑いをひっかけて、場を乱すかのようにその人が“飛び降りて”来たのは。



***





「ようやく見つけましたよジェイドーーー!!!!」

まるでなんだか喜んでいるような。見るからに不健康な顔で、ぷかぷかと宙に浮く椅子に優雅に腰をかけた紫色をした唇をした男の人が叫んだ。えっ……どちらさま……? と困惑しているのは私ぐらいで、周囲を見てみれば、また来たよ、とばかりに辟易した顔つきで、みんなは彼を見上げていた。

「あの、すみません、あの方は……?」

いつもならガイさんに聞くのだけれど、今はなんとなく顔を見ることができない。こそっとティアさんにきいてみた。「ディストよ。六神将の一人で、イオン様を狙っているの。そういえば、あなたは会ったことがないわね」「ああ!」 はっきりと会ったことはないけれど、ガイさんの話で聞いたことがある。なぜだかジェイドさんに執着していて音機関を操るとかなんとか。

今もジェイドさんにけんけんと何かを叫んでいて、どこ吹く風とばかりにジェイドさんはさらさらと髪を流しながらも無視していた。切ない。そんなジェイドさんの姿にきぃきぃとディストと言う人は悲鳴を上げた。ちょっとだけ唇の血色がよくなった。よかったね、なんて思っている場合ではない。彼の足元には、ロボット、と言っても過言ではない洒落にならない大きさの音機関がぷしゅぷしゅと蒸気を吹き出してこちらに向かっている。

、すみません」 ジェイドさんがちょいちょい、と手で呼んだ。不審に思いながらも、「なんでしょうか?」と恐る恐る近づく。ガイさんが、「おい」と止めるような声が聞こえたから振り返ろうとしたら、その前にジェイドさんに告げられた。「あなたの特技は第三音素と第四音素ですね?」「……特技というほどではないですが」 知っているであろう事実をわざわざ確認してくる。なんなのだろう。

「あのディストのカイザーなんとかとか言う特に名前を覚える必要もない物体ですが、あれの中にうまーいこと、音素を回してくれませんか?」
「え、ええー……」

うまーいことて。
風で水を運んで、機械を感電させるというわけだろうか。

「あの、そんなこと、やったことがないんですが……」
「ものは試しです。それに、あなたならわかるでしょう? どこの部位が重要で、どこの場所がもろいのか」

あなたなら、というところに妙に力が入っているのは気の所為ではないらしい。彼は私に前世は技術者だったのか、と問いかけた。それに関しては信じてくれてはいないらしいが、私にある程度の譜業に対する知識はあると判断しているらしい。まあ最近はガイさんと音機関屋めぐりから始まり、タルタロスの操縦に目を通してと、過去の自身の知識と所々紐づくことができるようになってきたけれど、「秘密にしてくださいって言ったじゃないですか……!!」とジェイドさんにしか聞こえないような声で主張しても、彼は両手を開いて笑っているだけだった。ぬかにくぎを体現している。

まあやってみるだけならタダですから、というジェイドさんの言葉に押し切られ、わかりましたと両手をあわせた。こんなものだろうか、とひっそりと危うげな箇所に水を流し湿らせると、カイザーなんとかさんはビリビリと通電した。ぶるぶるしながら頭から白い煙を上げて、黒焦げの姿で足元から崩れ落ちていくさまをディストさんはあんぐりと口を開けて見ていて、ひくりと喉を震わせた。おそらく涙目だった。

私は捨て台詞をいうものを初めて聞いた。ジェイドさんが笑っている。こんな、楽しげに、笑う……? と少々言葉を失った。「、あなたは他の音素に適正はないのですか?」「え、えっと。適正はあるようなんですが、使えるものがこれだけで……」「そうでしたか、残念です。しかしいいディスト避けができましたね。これからもよろしくお願いしますよ」 あんまりされたくない。



六神将で最速の撃退だったね! とケラケラと笑うアニスさんの言葉を聞いて、何か複雑な気持ちになった。お役に立ててよかったですと思うべきなのだろうか。相変わらず、ガイさんが心配気な瞳でこちらを見ていて、私と目が合うと避けられてしまった。そんな私をルークさんが見ていることにも気づかず、ぽんぽんと自分の胸を叩いてついでに頬も叩いて、住人の人たちの避難を再開した。

けれども街一つだ。すぐに動くこともできない人たちだっている。唐突に、地面が裂けた。その中に、マクガヴァンさんたち親子も巻き込まれた。自分たちを後回しにして、住人の避難を行っていたせいだ。まだ少ないながらに、セントビナーの市民も残っている。じわじわと落ち続ける大地を呆然と見下ろした。腕を伸ばしたところで届かない。セントビナーがクリフォトに落ちてしまう。


まだ、猶予はあった。ティアさんが話していたことだ。崩落がディバイディングラインに到達するまで、大地はゆっくりと下降していく。そんなときに、ふとガイさんが思い出したのだ。シュリダンという街で、飛行実験を行っていると。その街へ行けば、運がよければ浮力機関を手に入れることができるかもしれない。

     飛行機だ。

その言葉を聞いて、私は一人で目を丸くした。音機関が好きなガイさん以外は、あまりピンときていない表情だったけれど、すぐさま私の中では、大型のジェット機を連想した。たしかに、あれなら彼らを助けることができるかもしれない。

「行こう! やるだけやってみよう! 何もしないよりもマシだろ!」

行きましょう、と私が叫ぶよりも先に、ルークさんは立ち上がった。はっとして、私達はルークさんを見上げた。短くなってしまった赤髪が、きらきらと輝いているようで、思わず瞬いた。彼の言うとおりだ。少しでも、可能性があるのなら進むべきだ。

少しでも、可能性があるのなら、前を向くべきだ。






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2019-12-12

本編が最近シリアスに近いのでほのぼのしたくなった管理人からのSS