「部活に入りたい」
唐突につぶやかれたセリフに、「おうそうかい」と俺は適当に返事をした。坊ちゃんからそんなことを言うだなんて珍しい。いいじゃないの、部活に入って、存分に青春したらいいじゃないの。友達でも彼女でも作って、ウハウハしたらいいじゃない。うんうん、と俺は頷きながら、自転車のハンドルをぎゅっと握りしめ、ビシリと片手を上げた「と、いう訳で、じゃ。がんばれよ!」「じゃ、じゃないよ。一緒に行こうよ、仮入部」「えー」
なんでだよ、意味わかんねーよ。「今日は俺が晩飯作る日なんだって」「別にそんなに時間はかかんないさ」 ね? と妙に食いつくに、俺は眉を顰めた。「一人じゃ寂しいんだよー、恥ずかしいんだよー、ねーテッドー」 心底怪しかった。お前そんなタマじゃないだろ。
俺が疑い深気な目をしていることに気づいたのか、はてへへ、というように頭をひっかく。「いや、恥ずかしいのは結構本気で」「……どこに行く気だ?」 は少しだけ言いづらそうに、あごをひっかいた。そしてちらり、と第三校舎を見つめた。副教科などの授業は、あそこの校舎で行うことになっているらしい。
「いやさ、家庭科部、入ってみようかと思ってさ」
俺はきょとんと目を丸くした。そうした後に、はー、と短いため息をついた。そりゃまあ、恥ずかしいこったろう。
俺はと並んで家庭科室に向かっていた。家庭科の授業は教科書を使って教室で行われるものだから、今のところ部屋に入ったことはない。ドアにはられていた『家庭科部、新入部員、募集!』と書かれたポスターの下の、活動日の日付と時間を確認して、こんこん、とが扉をノックした。「はーい」と女の声が聞こえる。からから、と扉を開いた。「失礼します」
当たり前のことだが、中には女子しかいなかった。茶髪の教師らしき女が、こっちを見てきょとんとしている。そりゃ驚くだろう、こっちだって気まずい。「あ、俺達仮入部に来たんですが」 ナチュラルに俺も数に入れられている。まあいいか、とため息をついて、ちらりと教室の中を見回した。その瞬間、俺は騙されたと気づいた。
家庭科の丸い椅子に座ったが、びっくりしたような顔をして、を見て、俺を見て、またを見た。俺も同じく、を睨みつけた。けれどもあいつはそんな俺の視線にまったく気づいていない顔をして、「男子なんですけど、問題無いですか?」とそつなく確認して、オデッサと名乗る女教師は、「もちろん! 誰でも歓迎よ」 とにっこり微笑んだのだ。
***
「家庭科ってったら、料理とか作ったりする部活じゃないんですか」 俺は若干気まずげに、なるべくと離れる位置に座ろうとしたのに、わざわざを見つけたが、「あれ? ちゃんも仮入部? うっわー、奇遇だなー」とうそ臭いセリフを満面のリアリティで吐き出して、ちゃっかり俺を掴んで正面の席に座ってしまった。勘弁してくれよ、何してんだ俺、と顔をあげれば、すぐそこにがいる。勝手に眉間に皺がよって、難しい顔になっていたかもしれない。
新入生候補が集まるテーブルということで、の隣に座ったオデッサ先生は、「それもねー、あるけどねー、やっぱり色々したいじゃない。裁縫したりとか、編み物したりとか、今日はビーズで小物作り」 男の子にはあんまり楽しくないかしら、と俺のごまかしついでの言葉にくすくす笑いながら、手に持つビーズを糸に通そうとして、からからとテーブルの上に落としていく。
不器用なんだろうか。ちょっとだけ眉を顰めて彼女の手元を見つめた。「何作ろうとしてんですか」「ツルのつもりなんだけどね、スワン」「それ鶴じゃなくて白鳥じゃないすか」 思わずつっこんでしまった。あらそうね、とオデッサ先生はきょとんとして、もう一回、と手元のビーズをいじる。その度にパラパラと、今度は机の下まで転がっていく。俺は思わずみかねて、「貸してください」と手を伸ばした。
オデッサ先生は、少しだけ首を傾げたが、言われるままに俺にビーズと糸を差し出した。俺はちょいちょい、と適当にビーズに糸を通して、くるくると巻いて結ぶ。そんなに難しい型じゃない。ビーズも大きいし、どっちかというと初心者向けだ。あっという間にできてしまった。「はい」と言って、彼女の手にできあがりを渡したときは、失敗した、と今更ながらに気づいた。俺は言い訳みたいに、慌てて片手を振って、「あ、いや、前にばあちゃんと作ったことがあったから」
「器用なのねぇ」と、俺のセリフを聞いてか聞かないでか、できあがりの白鳥を彼女は驚いた顔でじいっと見つめている。その彼女の隣を見ることが怖かった。男のくせに、と多少気恥ずかしい思いがある。がどんな顔をしているのか、見たくはなかった。俺のとなりのの顔は、想像にかたくなかったが。どうせまた、笑いをこらえた顔をしてるんだろう。
俺は唐突に立ち上がった。「俺、こいつの付き添いなだけなんで。用事があるんで、すみませんけど」「あらそう? 残念ねぇ」 本当に残念そうに、オデッサ先生がため息をつく。俺は鞄を手に取って、それじゃあな、とに声をかけた。「待って」とオデッサ先生に声をかけられたとき、少しだけギクッとした。彼女は立ち上がって、俺の手にできあがった白鳥をにぎらせた。「あなたが作ったものだから」
僅かに考えた後、俺は頷いた。「どう、家庭科部、中々いいんじゃない?」 入ってくれたら、いい戦力になるんだけど。とつぶやく彼女の声を聞いて、家庭科で戦力ってなんだよ、と少しだけつっこみたい気持ちを押さえた。
ぎゅっと手の中の白鳥を握る。ふと、振り返った。がこっちを見てた。顔が赤くなりそうだった。少しだけ、躊躇した。眉をひそめて、またオデッサ先生を見上げる。「入ります」 なんでそんなことを口走ったのかわからない。やべ、と思った。否定の言葉を言おうとしたのに、オデッサ先生は、「あら、本当に?」と嬉しげに笑って、パチンッと両手を合わせたものだから、声を飲み込んでしまった。俺はやけになって、「入ります、入りますよ」と吐き出した。それに合わせて、椅子に座っていたも、はいはーい、と片手を上げた。「俺も、入ります」
わっ、とオデッサ先生は喜んだ。ついでに、周りの女子部員達の視線も集まった。これからよろしく、と言うように俺達に手を振ったので、は同じく手を振り返して、俺は軽く会釈した。それで、妙な空気になってしまったのかもしれない。俺とと、オデッサ先生と、ついでに周りの部員たちにきょろきょろと視線を向けていたは、少しだけ首を傾げて、自分の手に持っていたビーズを見つめた。「あの、私も入っていいですか」 もちろん、とオデッサ先生は嬉しげに笑った。もつられるようにして、パッと笑った。それがなんだか可愛くて、俺は思わず目を逸らした。なるべく難しい顔をして、そこから目を離した。
「あの、すみません、俺、ほんとに用事があるんで」
「あ、ごめんなさい、引き止めちゃったわね。活動日は水曜日で、五時間目が終わった後だから、また来週ね」
俺は返事をしないで、軽く頷くだけで逃げ出した。ばたばた廊下を走って、やべ、と早歩きになった。(私も入っていいですか) ふと彼女のセリフを思い出して、がごん、と体を壁にぶつけて、そのままずるずる座り込んだ。通りがかりの生徒が奇妙なものを見るようにして通り過ぎた。慌ててまた立ち上がった。けれども、多分、俺の顔は真っ赤になっていて、また壁にもたれるようにして、腕で顔を隠した。
今日は俺が晩飯なんだ。水曜日は俺が晩飯。木曜日はじーちゃん。金曜日は俺。額に手の甲をつけたまま、俺は歩いた。来週から、食事当番変えなきゃな、と思って、そう思う自分が、なんだかひどく恥ずかしいような気がした。
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