彼がいなくなった世界の後で[B√]







ストン、と手紙が入る。ぺしぺし、と意味もなくそいつの横っつらを叩いて頼むぞ、なんて声をかけてみる。「くん」 おはよう、と掛けられた声に顔を上げた。「ちゃん」 おはよう、と自転車の前カゴに入れていた鞄を背負い直して、ペダルに足をかける。彼女の鞄には、ちらちらと見覚えのあるキーホルダーがくっついていた。まるまるしてて、ちょっと古ぼけていて、どこか懐かしい気もする変なキーホルダーだ。

「お手紙?」

ポストを見ながら、ちゃんは首をかしげた。「うん」「お友達?」「いや」 腕にまいた時計を見つめて、そのまま少しだけ自転車を押した。「母さんに」




   ***





「……どういうことだ」
「運命だよ」
「おいこりゃどういうことだ」
「だから運命だってば」

まあまあ気にするな、歌舞伎がかった口調で首を振るくんとテッドくんの間に、いやいや、と私は思わず割り込んだ。「しょうがないよテッドくん」「うるせえ! わかってるっての!」「そうそう、一人だけまたクラスが違うとか、運命だよ」「うるせえよ!」

お前理系だろ、は文系だろ! と拳を振る彼に、「文系の女子と理系の男子、合わせて丁度いい人数になったんだからしょうがないだろー」 今年も俺とちゃんは仲良しだよ、とけらけらくんは笑いながら、火に油を注ぐことに熱心である。

真っ赤な顔をして、クラス分けの紙をグランドにはたき落としながら、「だっからうるせー!」とテッドくんは叫んでいた。さっきから同じ言葉しか言っていない。「テッドくん、同じじゃなくたっていいって言ってたじゃない」「それとこれとは別だろうが!」 別らしい。

まあ実際なってみると、案外腹が立つということは多い。とりあえず仕方がないことなのだ。「テッドくんテッドくん、家庭科室に行けばまた会えるし」「俺の台詞をぱくるな!」 今は何も触ってはいけない状況のようだ。「そうそう。仕方がないことなんだから、いちいちプンプンしてたらプッツンしちゃうよ。とりあえず、また一年よろしく。テッド以外」「くんも煽らない!」

ストップストップ、と両手を広げると、なぜだかテッドくんに首根っこを掴まれた。「なにするの」と文句を叫ぶと、「なんとなくだ」と口元をすねられた。なんとなくで、この人は人の首根っこを掴む人らしい。(……一年前って、どんなんだったっけ) 見覚えのある男の子が、知らない男の子と一緒にばしばしと殴り合っていて、あれはテッドくんかもしれない、と思った。記憶の中よりも、彼は大きくなっていて、やっぱり違うかも、と思いながら、何度もちらちら目を向けて、テッドくんかも、そうかも、どうしよう、と一人でもぞもぞ手のひらを動かしていた。少しだけ目が合ったのに、結局何も言えなくて逃げ帰った。

そうだ、そんなのだったのだ。けれどもすっかり忘れていた。あんまりにも当たり前に話すことができるようになってしまったものだから、すっかり実感のない記憶に摩り替わっていて、変な感じだ。「おい、何がおもしろい」「ひたひ……」 頬をひっぱられた。いじめっこは健在だ。

「テッドって好きな子ほどいじめたくなるタイプだよね」
「はあ!?」
「例えば俺とか」
「体をくねらせながら自意識過剰な台詞はやめろ」
早口すぎるツッコミであった。

まあ、クラス分けは三年に期待だ、とむんと胸をはるくんを見ていると、ふと、今朝の彼の言葉を思い出した。お母さんに手紙を出している。そう彼は言っていた。(母さんは、遠いところにいるんだ) 今は、会いに行けないくらい遠い。でも、俺が高校を卒業して、多分大学に行って、それからもっと大きくなったら


会いにいくよ



(ずっと大きくなったら)
一年後、二年後と時が重なっていくんだろう。そしたら、私たちはどこかに行く。
季節がめぐることに、近づくどこかへ。





コトリ、とポストの中に手紙が入る。
誰もいなくなった世界の後で。